まなびしごとLABの風間です。
こんにちは!

2026年9月11日(金)、連載「『サード・ラーニング』のすすめ」第17回コーディネーターを『ちゃんと仕事にする』には ~ 地域教育とお金の問題を考える① ~」をnote上で公開しました。

今年から始めた連載企画の第17回です。

noteで公開中ですが、こちらにも転載していきます。

(noteへのリンク)
【連載】「サード・ラーニング」のすすめ|風間崇志/地域プロジェクトパートナー|note

1.はじめに

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前回までとは少しテーマは変わり、今回は「お金」のお話です。

引き続き「コーディネーター」という役割や存在、そして仕事について、考えていきたいと思います。

先日、ある地域で100人以上の先生方に向けて、地域教育についてお話しする機会がありました。

講演後のアンケートの中で、こんな感想や質問をいただきました。

「こういう取り組みって、ボランティア的な要素が多いのでは?」
「どうやって収入を得ているんですか?」
「仕事として成り立つのでしょうか?」

……はい、まさに私が一番苦労しているのはその問題です(苦笑)。

というのも、私は公務員や会社員ではなく、曲がりなりにも一人の経営者として「教育づくり」を生業にしています。
(もちろん、それだけではないですが)

そのため、お金はしっかり稼ぎたいですし、事業を続けるためにも稼がなくてはなりません。

でも、今回考えたいのは、「私自身がどうやって儲けるか」という話ではなく、地域に必要な仕事を、どうしたらちゃんと仕事として成立させられるのかということについてです。

例えば、学校が地域の専門的な知識や経験を持つ人に、授業の中での協力をお願いするとします。

そこで必要になるのは、単なる「人の紹介」ではありません。
誰が適任なのかを探し、声をかけ、学校の目的を伝え、日程や内容を調整する。
必要であれば、事前に打ち合わせをして、当日の進め方を考える。
そういった調整も含めた、いわばプロジェクトマネジメント的な業務になります。

こうした仕事をコーディネーターが担えば、先生方が人を探したり、連絡したり、調整したりする時間や手間を減らすことができます。

つまり、コーディネーターは、学校に新しい価値だけでなく、先生方の時間を生み出しているともいえるのではないかと思います。

では、その時間を生み出すために、コーディネーターが使っている時間や手間は、誰が負担するのでしょうか。
「地域のためだから、ボランティアで」ということでいいのでしょうか。

さらにいえば、知識やスキルを提供した人も、普段はそれを仕事として対価をいただきながら提供しています。
それを無償で提供することが、果たして「いいこと」になるのでしょうか。

実は地域の人材に関しては、「安く」「ボランティア」「無償」という大前提がいろんなところで根強く残っているのではないか。
そんなことを最近、感じるようになりました。

もちろん、ボランティアや無償であることが悪いということをいいたいわけではなく、「地域の人=無償」を当たり前のこととして考えるのはおかしいのではないか、という疑問を投げかけてみたいのです。

教育はいわゆる「聖域」的な見方があるので、お金の話となるといろいろなところからクレームがありそうですが・・・

でも、必要な仕事を、誰かの善意や余った時間だけに頼り続ければ、その人がいなくなったときに続かなくなります。

だからこそ、地域教育を続けていくためには、「お金」の問題を考える必要があるのではないか。

その一方で、当然、お金をいただくからには(これまで以上に)「価値」を意識する必要があります。

地域に必要な仕事として、そこにかかる時間や専門性には、どんな価値があるのか。
そして、その価値に対して、誰が、どのようにお金を払うのか。

これから3回にわたって、この少し話しにくい「お金」というテーマについて考えてみたいと思います。

2.コーディネーターが果たす役割とは

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では、そもそも、なぜ地域教育にはコーディネーターが必要なのでしょうか。
改めて整理しておきます。

「学校と地域をつなぐだけなら、先生が直接お願いすればいいのでは?」

そんな疑問もあると思います。

確かに、たまたま知り合いがいて、その人にお願いするくらいなら、それでもいいかもしれません。
でも、毎回そううまくはいかないこともあります。

学校には、たくさんの仕事があります。
授業の準備をして、子どもたちと向き合って、保護者ともやり取りをする。

その上で、「今回の授業に協力してくれる人はいないかな?」と地域の中でイチから人を探すのは、かなり大変な仕事です。

地域に人がいないのかというと、そんなことはありません。
むしろ、いろいろな人がいます。

長く仕事をしてきた人、趣味で何かをつくっている人、地域で活動している人、会社で専門的な仕事をしている人、自分で会社をつくって仕事をしている人、大学で研究している人などもいるかもしれません。

「こんなことなら、ちょっと力を貸せますよ」という人は、案外たくさんいるものです。

ただ、学校からは、その人たちが見えていません。
その逆に、地域の人からも、学校がどんな人を必要としているのか分かりません。

ここに、ギャップがあります。
私はそれを「もったいない」と思ってしまうのです。

私が地域の仕事をしていて感じるのは、人がいないのではなく、出会うきっかけがないだけではないかということです。

そこにコーディネーターの出番があります。

学校の話を聞いて、「それなら、この人に相談してみよう」と連絡をして、学校が何をしたいのかを伝えてみる。
話がまとまれば、今度は学校と一緒に内容や日程を考える。

ここまでは、いわゆる「人と人をつなぐ仕事」です。

でも、コーディネーターの仕事は、ここで終わりではありません。

大切なのは、誰を紹介するかだけではなく、この人とこの人が出会ったら、何が生まれそうかを考えることだと思っています。

例えば、専門的な知識を持っているからといって、その人が学校に合うとは限りません。
子どもたちと話すのが少し苦手かもしれない。
学校の先生とは違う考え方を持っているかもしれない。

でも、その違いがあるからこそ、新しい学びが生まれることもあります。

そんなことまで考えながら、「この人と一緒にやってみたらおもしろいことができるのではないか」と思ったら実際にやってみる。
うまくいかなければ、やり方を変える。
必要なら、自分も間に入って一緒に考える。

つまり、コーディネーターはただ「人を紹介する」というより、人と人が出会った先にある可能性を考え、実際に形にしていく人なのです。

時には第三者として少し離れて全体を見ることもありますし、二者間だけで難しいようであれば、自分も中に入って動きます。

学校と地域のどちらかではなく、学校にも地域にも関わりながら、プロジェクトそのものの当事者になることもあります。

私は、これを「第3の当事者」と呼んでいます。

こうした一連の仕事を通して、今までなかった学びや、新しい関係、新しい取り組みを生み出していくところに、コーディネーターとしての専門性があると考えています。

3.「コーディネーター=人を紹介する人」ではない

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では、コーディネーターは、実際にどんな仕事をしているのでしょうか。

例えば、学校から「地域の企業に協力してもらいたい」と相談されたとします。

「企業を呼びたい」という話だけでは、まだよく分からないので、まず学校が何をしたいのかを聞きます。

・授業の目的は何か
・生徒にどんな経験をしてほしいのか
・最終的にどんな状態になればいいか
・どんな企業なら、その目的に合いそうか

学校の話を聞きながら、こちらでも考えていきます。
そして、候補になりそうな企業を探し、声をかけます。

ここでも、「学校がこう言っています」と伝えるただのメッセンジャーになってしまうのではコーディネーターとしての意味がありません。

・企業側にとって、どんな意味があるのか
・なぜその企業に声をかけたのか
・何をお願いしたいのか
・どんな関わり方が望ましいか
・どんな準備が必要なのか

それぞれの立場に合わせて説明し、条件をすり合わせていきます。

場合によっては、学校と企業の間に入って、打ち合わせをしたり、当日の進め方を考えたりすることもあります。
1回では終わらないこともしばしばです。

そして、終わったらそれで終わりでもありません。

学校と企業のお互いにやってみてどうだったのかを振り返り、次の機会につなげられないかを視野に入れながら、終わり方、あるいは続け方を考えていきます。

相談を受ける、情報を集める・整理する、相手を探す、声をかける、説明する、条件を整える、一緒に考える、実際に動かす、振り返る。
そのプロセスを通じて、異なる属性の人同士の共創による、新しい価値を生み出す。

こうした仕事が積み重なって、一つのプロジェクトが動いていきます。
その一つひとつの過程では当然ながら時間と手間がかかります。

これまで私は、こうした仕事を「コーディネート」と一言でまとめていました。

でも、あらためて考えてみると、その中には、企画、営業、調整、プロジェクトマネジメント、関係づくりなど、いくつもの仕事やスキルが含まれているのです。

「人を紹介しているだけ」と言われると、ちょっと違うんだけどなあ、と思ってしまうわけです(笑)。

その仕事にかかる時間や手間、専門性を「価値」として認めていただくためにも、しっかりと対価を求めていく必要があるのではないか。
そう考えるようになりました。

そして、ここが今回の「お金」の話にもつながるのです。

4.必要な人を、必要な仕事にする

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地域教育の話をしていると、非常にお金の話をしづらい雰囲気になります。

予算の話になると、「え、お金が必要なの?」という空気を感じることもあります。

まさに冒頭の講演会でのエピソードがまさにそうですね(笑)

「子どもたちのためだから、できる人が協力すればいい」

確かに、そういう考え方も分かります。

実際、地域には、自分の経験や知識を子どもたちのために役立てたいという人がたくさんいます。

でも、その善意だけに頼ってしまって、本当に大丈夫なのかと疑問に思うことが多々あります。
特に専門的な知識やスキルを提供するようなものであればなおさらです。

一度や二度ならいいかもしれません。

でも、毎年続けることを前提にするとすると話は変わります。

その人にも仕事があります。
家族との時間もあります。
本業が忙しくなれば、地域活動に使える時間は減りますし、逆に地域に関わる時間が長くなると本業の時間が減ることになります。
また、私のような起業家の場合は、お金を稼ぐための時間が減ることは、収入の減少にも直結するおそれもあります。

「協力したい」という気持ちがあっても、続けられなくなってしまう可能性があるのです。

これはコーディネーターも同じです。

先ほども述べたように、コーディネートには時間も手間もかかります。
そして、経験や人脈、相手を見極める力、プロジェクトを進める力も必要です。

そうした専門性を持つ人に、「地域のためだから」と無償でお願いし続けることが、持続可能な仕組みといえるでしょうか。

もっと直接的にいえば、地域のためだからという理由で、自分が無償で動き続けることができるかと問われたら、私は明確に「NO」と答えると思います。

必要な役割であるなら、その人が続けられるような「仕事」にするべきである。

それが私の今の考えです。

「お金を払う」ということは、その人が使う時間やこれまで身につけてきた専門性に対して、きちんと価値を認めるということだと思っています。

例えば、地域の人材が持つ専門性が必要なら、その人にも適切な対価を支払ったり、学校にとって必要なコーディネーターがいるのであれば、その仕事に対して費用を負担したりするということです。

もちろん、すべてを有償にしないのであればやる必要がないとか、100%希望する金額をもらえなければダメということを言うつもりはありません。
ボランティアでも協力したいという個人の意思もあるからです。

大切なのは、「地域の人だから無償」「子どものためだから善意で」ということを、最初から当たり前にしないことだと思います。

必要な役割には、必要なコストがかかる。
そして、そのコストを誰が負担するのかを、みんなで考える。
「必要な人」を見つけるだけではなく、その人が「必要な仕事」として関わり続けられるようにする。
そこまで考えて、はじめて持続可能な地域教育の仕組みができるのではないか。
そのように考えています。

副産物として、教育ということをきっかけに、地域のお金と地域の仕事の循環が生まれることを学ぶことにつながるかもしれませんね。

5.おわりに

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今回は、少し話しにくい「お金」の話を取り上げました。

地域教育には、学校だけではできないことがあります。
地域には、学校の中にはない知識や経験を持っている人がいます。

地域と学校との協働が叫ばれるなか、地域と学校をつなぎ、学びやプロジェクトにしていくコーディネーターの存在は、これからますます重要になっていくのではないかと思います。

じゃあ、そのコーディネーターは結局、誰が担うのでしょうか?
あるいはコーディネートという仕事を、どのように担保していけばいいのでしょうか?

コーディネーターにも時間が必要です。
経験や専門性も必要です。

「地域のためだから」と、特定の人の善意や頑張りに頼り続けてしまえば、その人ができなくなった瞬間に、仕組みも止まってしまいます。

これはコーディネーターに限った話ではありません。

地域には、「あの人に頼めば何とかしてくれる」という人がたくさんいます。
そういう人は、とても頼りになる存在です。

でも、いつまでも特定の人に頼るのではなく、その役割そのものを「仕事」にしていくことで、次の人に引き継ぐことができるのではないか。

地域に必要な役割を、「続けられる仕事」にしていく必要があるのではないか。
私はそのように考えています。

そういう仕事をする人が一人、二人と増えていけば、地域の中で新しい人やアイデアがつながる機会も増えていきます。

その結果として、学校と地域の関係も、少しずつ変わっていくのではないでしょうか。

ここで次の問題が出てきます。

「その仕事に、誰がお金を負担するのか?」という問題です。

学校でしょうか。
地域の人たちでしょうか。
教育委員会でしょうか。
民間企業でしょうか。

次回以降、その問題についても考えていきたいと思います。

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これまでの連載

第16回
連載「サード・ラーニング」のすすめ 第16回: 地域に大学があるということ  ~ 地域そのものを学びの場にするという発想 ~

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連載「『サード・ラーニング』のすすめ」第15回:コーディネーターという「専門職」について ~学びの未来をともにつくる『第3の当事者』~

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連載「『サード・ラーニング』のすすめ」第14回:「学びを共創するコーディネーター ~ なぜ学校・地域・企業をつなぐ『第3の当事者』が必要なのか ~」

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連載「サード・ラーニングのすすめ」:第12回 「お願いする」から「協働する」関係へ(地域編)~ 地域学校協働本部が生み出す双方向の学びの実現に向けて ~

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【連載】「サード・ラーニング」のすすめ:第11回 「開かれた学校」のその先へ(学校編) ― 地域とともにつくる「これからの学び舎」のカタチ ―

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【連載】「サード・ラーニング」のすすめ(実践編):第10回 「完売御礼」に学びはあるか  ― 起業体験がただの「商売ごっこ」に終わるとき ―

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【連載】「サード・ラーニング」のすすめ:第9回 自分で決める力を育てる教育としての「アントレプレナーシップ教育」  — 育てたいのは「起業家」なのか —

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第1回
「【連載】「サード・ラーニング」のすすめ」をスタートしました(2026年1月15日)

番外編
【連載:番外編】「サード・ラー二ング」のすすめ:参考書籍①『学びのコミュニティづくり』|風間崇志/地域プロジェクトパートナー

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