はじめに
前回は、高校生たちと一緒に手がけた地域プロジェクトを振り返り、プロジェクトによる学びには「実施した活動の成果」だけでなく、「自分自身の内面的な変化」の2つがあるというお話をしました。
そしてその2つの学びを引き出すためには、プロジェクトをやりっぱなしにするのではなく、しっかりと内省やフィードバックの時間をつくることが大事ということをお伝えしました。
今回は、最近、流行りのように毎日のように報道で見かける「アントレプレナーシップ教育」について取り上げたいと思います。
結論から言うと、私はアントレプレナーシップ教育を進めることについては賛成ですし、今後の展開にも期待しています。
その主な理由としては、「自分の人生の決断を他人のせいにせず、自分が最終決定者になる力」を育てるものだと考えているからです。
そして、結果として、自分で自分の働き方を決める起業家という選択肢が広がっていくことになるだろうと思うからです。
この「結果として」というのが、非常に重要です。
なぜならば、一般的にはアントレプレナーシップ教育というと、「起業」や「スタートアップ」というイメージと強く結びついてしまうからです。
もちろん、起業やスタートアップを増やそうということが決して悪いといいたいわけではありません。
第2章で述べるように、日本におけるアントレプレナーシップ教育の導入背景をみると、これらと完全に切り離して考えることは現実的ではないのかもしれません。
ただ、教育という側面を考えたとき、起業した数や生まれた事業の内容を見るだけではアントレプレナーシップ教育の大きな可能性を見逃してしまうのではないかと思うのです。
本稿では、アントレプレナーシップ教育が、教育においてどのような意味を持つのかについて考えていきたいと思います。
2 なぜ今、アントレプレナーシップ教育なのか
文部科学省の定義によれば、アントレプレナーシップとは「新たな価値を生み出してい
く精神」であり、自ら社会課題を見つけ、課題解決にチャレンジし、他者と協働しながら解決
策を探究することができる知識・能力・態度を身に付ける教育をアントレプレナーシップ教育
(起業家教育)であると位置づけています。
では、なぜ今、アントレプレナーシップ教育なのでしょうか。
ここでは日本におけるアントレプレナーシップ教育の導入背景や動向を整理してみます。
戦後の日本の教育は、すでに用意されている教科書の正解をいかに早く、正確に覚えるかが重視されてきました。
しかし、今の時代は数年後の未来さえ予測できないVUCAと呼ばれる不確実な時代へと突入しています。
さらに最近では生成AIの登場などにより、さらに変化が早く、複雑になってきています。
今やスマホをいじるだけで膨大な知識や正解らしき「答え」を得ることができます。
それどころか、それをもとにして人間の代わりに業務までこなすようになっています。
こうなると、人間が頭の中に蓄えている知識の量やすばやく計算する力の価値はどんどん下がっていくことになります。
このような中で、これからの時代に必要とされる力は、変化を恐れず、他者と協働しながら、自ら新しい価値をつくり出せる力を身につけることという、文部科学省の考え方には非常に賛同しています。
正解にいかに早くたどり着くかという教育から、自ら問いを立てて価値を創造する教育へ。
国がアントレプレナーシップ教育の推進に本腰を入れているのは、教育のゴールそのものを、現代の社会の変化に合わせてシフトさせるためなのです。
3 そもそも「アントレプレナーシップ」とは何か
ここで、そもそも「アントレプレナー」という概念の原点に立ち返ってみることにします。
この言葉を有名にしたのは、20世紀前半に活躍した経済学者のヨーゼフ・シュンペーターだといわれています。
シュンペーターは、経済がただ毎日同じルーティンを繰り返すのではなく、劇的に発展するためには「イノベーション(新結合)」が不可欠だと考えました。
そして、その新結合を引き起こす人のことを「アントレプレナー(起業家)」と呼んだのです。
おもしろいのは、単に新しく会社をつくった人や商売を始めた人すべてをアントレプレナーと認めたわけではない点です。
シュンペーターは、「これまでにない新しい組み合わせを思いつき、社会に新しい価値やこれまでにない変化をもたらす人」を、真のアントレプレナーと捉えたのです。
この「社会に新しい価値やこれまでにない変化をもたらす人=アントレプレナー」というのは、まさに文部科学省によるアントレプレナーシップの定義にも重なります。
もう一つ重要なことは、文部科学省の考えるアントレプレナーシップは、「新たな価値を生み出していく精神」とありますが、これを自ら社会課題を見つけ、課題解決にチャレンジし、他者と協働しながら解決策を探究することができる知識・能力・態度と捉え、それらを身に付けるための教育がアントレプレナーシップ教育であるとしている点です。
つまり単にアントレプレナーのような精神としたのでは、後天的に身につけられないものと受け取られてしまうおそれがありますが、アントレプレナーのような考え方や行動の仕方と考えることで、教育によって身につけられることができることが示されているのです。
(具体的には日本版EntreComp v1の中で、そのための資質・能力が整理されています。)
一般的な答えを出すAIに対して、まさに人間ならではの「新しく行動を起こす力」が重視されていることが分かるかと思います。
誰かに与えられた課題ではなく、「そもそも何が問題なのか」を自分で見つけ、自分なりの答えを判断し、行動を起こす。
そして、その結果を自分で引き受ける。
この一連の姿勢こそが、現代の教育において何よりも必要とされている、アントレプレナーシップの本質的な要素なのです。
4 起業家育成とアントレプレナーシップ教育
一方で、「アントレプレナー」という言葉から、起業家やスタートアップ育成のための教育というイメージを抱く人も少なくないのではないかと思います。
実際にアントレプレナーシップ教育を「起業家教育」と訳したり、現場でのプログラム展開において起業体験やビジネスプランに重きを置いていたりするケースが多く見られます。
起業やビジネスを通じてアントレプレナーシップを身につけるということ自体は決して反対ではなく、むしろ非常に有効な手段であると考えます。
しかし、冒頭でも述べたように、それを重視するあまり、起業した数やどれだけ儲かったか、儲かりそうかという側面だけに焦点が当てられることに対しては、残念に感じてしまいます。
そもそもすべての人が起業に向いているというわけではなく、向き・不向きがあると思います。
また、学校はベンチャー企業の養成所ではありません。
ですから、起業そのものを目的とする教育を一律に全員へ強いることには、私はやはり首を傾げたくなります。
特に最近は、高校生や大学生を対象とした「ビジネスプランコンテスト」が各地で盛り上がりを見せています。
コンテストという形式をとる以上、審査の場ではどうしても、目に見える活動成果としての「ビジネスの成功可能性」が注目されがちになります。
ただ、「いくら稼げそうか」「どれだけ市場規模が大きいか」「どれだけ起業数が増えたか」というのはあくまで経済的な側面から見た「成果」にすぎません。
これは、前回のPBLでいうと、「活動による成果」だけを見ていることになり、それでは数字の大きさ=成果だと誤解されてしまうおそれがあります。
でも、本当に大切なのはもう一つの側面、「起業を通じて本人がどう変わったか」「社会との関わり方について、どんな意識の変化や行動の変化があったか」という、目に見えにくい内面の変化ではないかと思うのです。
5 おわりに
最近では経済側の団体からも、「これからの産業のためにこういう人材を育てよ」「AIの利用をこう促進せよ」といった熱心な提言が見られますが、正直、「余計なお世話ではないだろうか……」とモヤモヤしたりします。
果たしてそれは子どもたち自身のためになるのだろうか、大人の都合を押し付けているだけではないか、という小さな疑問符が頭をよぎったので、今回はあえて経済政策の話はいったん脇に置いておき、教育分野におけるアントレプレナーシップ教育の意義について考えてみました。
アントレプレナーシップ教育は、ビジネスの必勝法を学ぶためのものではありません。
私は、アントレプレナーシップ教育の意義は、自分で決めて行動する力を身につけることであり、そこで実施する起業体験やプロジェクトは、自分で考えて決める癖や意識付けのための練習であると考えています。
自分で問いを立て、情報を収集し、ときには仲間と協力しながら、自分で考えて決めたことを実行する。
そうして小さなステップを何度も繰り返すことで、より良いプロジェクトをつくり上げる。
そして、そのプロセスの中で、学び、成長する。
結果として、起業に至ればそれはそれでいいし、起業に至らなくても構わないと思っています。
重要なのは、それを通じて「自分で決めて行動する力」が身に付くこと。
この力が身につくと、社会への関わり方が変わります。
「誰かが何とかしてくれるだろう」という、他者や周りの環境への不満や依存心が消え、反対に周りの人や地域に良い影響を与えることができます。
そのような人が地域に増えていったら、自分事としてしごとをする人が増え、きっと地域も元気になっていくのではないか。
私が数年前に書かせていただいた本『地域でしごと』は、まさにこのことについて書いたものでした。
繰り返しになりますが、本稿を通じて私が言いたかったことは、アントレプレナーシップ教育は、自分で決めて行動する力を身につけるための手段として、大きな可能性があるということです。
キラキラしたビジネスモデルが生まれたり、起業する人が増えたりすることを否定するわけではありませんが、それは目的ではなく、あくまで結果です。
流行りや華やかさに惑わされず、何が大切かをしっかりと考えていきたいと思います。
