1 はじめに

前回の連載では、高校を中心に盛んに展開されている「探究(学習)」について取り上げてきました。
決まった答えのない問いに対して、情報を集めたり、学校の外に出て人の話を聞いたり、自分で考え、自分なりの答えを見つけたり・・・。
正解がないゆえに、ゴールもなく、それが難しくもあり、楽しかったりもするのが探究であるということを述べてきました。

決まった答えのない問いに対する一連の探究活動を、私はプロジェクトといっているのですが、探究をプロジェクトを通じた学びと捉えると、探究と似たような言葉にPBLがあります。

探究という言葉ほど広く使われてはいないため、初めて聞いたという人もいるかもしれません。
アクティブラーニングの一種として、探究学習と並んで紹介されることが多い言葉です。

少しだけ難しく聞こえるかもしれませんが、実は皆さんの学びをぐっと面白くするヒントが詰まっています。

PBLには大きく分けて2つの意味があります。
一つは「Project Based Learning」、もう一つは「Problem Based Learning」です。
前者はプロジェクト型学習、後者は問題解決型学習と呼ばれることもあります。

若干の違いはあるものの、実社会の問題解決に取り組むことを通して、問題解決能力を養うことを目指していることや答えが一つとは限らず、自己主導型で取り組むという点では共通しています。

この2つに共通している一番大事なポイントは、活動(実践)と学びがセットになっていることです。

教科書を読んで知識を覚えるだけの勉強では、わかったつもりで終わってしまうことがあります。
一方で、ただ活動するだけでも、「楽しかった」で終わってしまうかもしれません。

PBLでは、実際にやってみること(活動)と、そこから何を学んだか(学び)が一体となっているのが特徴です。

たとえるなら、教科書を読むことが「料理のレシピ本を眺めること」だとすれば、PBLは「実際にキッチンに立つこと」、そしてさらに「作ってみてどうだったかを振り返り、次に活かすこと」まで含まれているのがPBLだといえます。
だからこそ、「火加減が難しいな」とか「隠し味にこれを入れたらどうなるだろう?」といった、本を読むだけでは得られない次につながる気づきが生まれるのです。

今回はそのPBLについて掘り下げていきたいと思います。

2 経験からいかに学ぶのか

注意しなければならないのは、経験はそのままでは学びにならないということです。

PBLの元となる考え方を提唱した人物として代表的なのは、ジョン・デューイとデビッド・コルブです。

ジョン・デューイは、「なすことによって学ぶ(Learning by Doing)」という考え方を提唱したことで知られています。
人は、ただ知識を受け取るだけではなく、実際に行動し、その結果をもとに考えることで学びが深まるという学びのあり方を重視しました。

デビッド・コルブは、デューイの考えをさらに発展させ、学びのプロセスを経験学習サイクルとして整理しました。

①具体的経験:まずはやってみる
内省的観察:何が起きたか振り返る
抽象的概念化:教訓を見つける
能動的実験:次に活かす

ピンときた方もいるかもしれませんが、PDCAサイクルや探究学習サイクルにも通じるものがありますね。

このサイクルがぐるぐる回ることで、「やってみた」が「わかった!」に変わり、新たな「やってみよう」に変わっていくのです。
逆にこのサイクルがなかったとすると、ただ活動をしただけに終わってしまい、「やった」という事実とそれでうまくいったのか・いかなかったのかという結果が残ることになってしまいます。
(もちろん、それだけでも十分すばらしいと言えるものもあるのですが)

例えば、地元でイベントを開催して、失敗したとします。
それだけなら、ただの苦い思い出で終わってしまうかもしれません。

でも、「なぜうまくいかなかったのか?」と振り返ることで、「準備不足だった」「役割分担が曖昧だった」といった気づきが生まれます。
そして「こうすればよかったのでは」という気づきを次に活かせば、それは立派な学びになります。
あるいは取り組む過程で、人との出会いや新たな知識・スキルが得られたかもしれません。

つまり、ここで大事なのは経験そのものではありません。

経験を振り返り、意味づけし、次につなげること。
このプロセスがあって初めて、経験は学びに変わるのです。
PBLで大切にしているのはまさにこの点だと思います。

ただ活動するだけでも、ただ知識を覚えるだけでもなく、「やってみること(doing)」と「活動を振り返って学ぶこと(learning)」を往復させることが重要なのです。
その中で、自分なりの理解や判断軸が育っていきます。

だからこそPBLは、変化の激しい社会の中で、自分で考え、行動し続ける力を身につけるための学びとして注目されています。

3 PBLと従来型の教育

従来の教育は、正解を早く正確に出す力を重視してきました。
いわば「工場モデル」です。

しかし今は、正解そのものがないとまでいわれる時代です。

そんな時代においては、正解を憶えるだけの力ではなく、何が問題か発見する力、問題を解決・あるいは改善し続ける力、他者と協力して形にする力が求められています。

PBLには、実社会の問題解決に取り組むことを通して、社会というリアルが世界とつながる機会が得られるほか、仲間や関係者とチーム(協働)で取り組む、自分の問題として向き合う当事者意識が育まれることが期待されています。

もちろん、だからといって従来型の教育が無意味ということを言いたいわけではありません。

問題解決には最低限必要な知識やスキルがあることも確かだからです。

ただ意味や脈絡もなく、形式的に知識を詰め込むのと、問題解決のために必要な知識やスキルを自ら得ようとするのとでは、モチベーションや成果が大きく異なるのは言うまでもないことだと思います。

いわば学ぶことの手応えが得られる、生きた学びという感覚を得やすいのがPBLの特徴だと言えます。

4 PBLと探究

ここで、探究とPBLの共通点と違いについても、念のため整理しておきたいと思います。

改めて整理しておくと、探究とは、学習者が自ら課題を設定し、主体的に答えを導く学習方法であり、PBLは実践的な問題解決を行いながら学習を進める方法です。

厳密にいうと、課題の設定者が教員か生徒か、課題が教科限定的か学際的か、評価のポイントはプロセスかアウトプットか、期間の長さなどによって区別することもあるそうですが、両者の区別は必ずしもはっきりとしたものではないようです。

しいていえば、探究では、たとえば歴史上の登場人物の行動に関する考察なども範疇に入るのに対して、PBLは実社会における問題解決をより重視する印象があるということでしょうか。
つまりPBLは探究の一部に含まれるということが言えそうです。

スタートとゴールの置き方にも若干の違いがありそうです。

探究は「なぜ?」という問いから始まりやすいのに対して、PBLでは「どうしたら?」から始まることが多い。
たとえば、「なぜこの町には坂が多いのか?」と問いを深めるのが探究で、「坂で困っている人のために何ができるか?」と行動するのがPBLといえるかもしれません。

探究は世界を理解しようとする学び、PBLは世界に働きかけようとする学びともいえそうです。
が、先述したとおり、そこまで厳密には区別する必要もないような気がします。
これらは必ずしも切り離せるものではないからです。

「なぜ?」を深めた先に、「じゃあどうする?」という気づきや学びが生まれる。
「やってみた」中で、「そもそもなぜ?」に立ち返る。

実践と振り返りのサイクルが、自分や世界に対する気づきと次につながる深い学びを生み出すのではないかと思います。

5 おわりに

今回、「プロジェクトは教科書を超えるのか?」という問いをタイトルに設定しましたが、プロジェクトは教科書と比べられるものではなかったのだということに気づきます。

教科書には、これまで人類が積み上げてきた知識が整理されています。
効率よく学び、基礎をつくるうえで、欠かせない存在です。
いわば地図のようなものです。
(もちろん、それは絶対的な完成されたものではなく、間違いであることが分かれば更新され続けていくという前提があります。)

一方で、プロジェクトはその地図を手に、実際に歩いてみることです。

歩いてみて初めて分かることがあります。
思ったより遠いこと、予想外の出来事、人との出会い。
そして、自分の選択が周りにどんな影響を与えるのかという実感。

これらは、どれだけ教科書を読んでも得ることはできません。

だからこそ、教科書とプロジェクトは対立するものではなく、行き来することでより有効的に活用できるものになります。
そういう意味では補い合う関係にあるのだと分かります。

教科書で知る。
プロジェクトで試す。
そして経験から自分なりの意味をつくる。

「自分の行動で、誰かの役に立った」
「失敗したけど、次はこうしたい」
「自分にはこんな役割があるのでは」

こうした実感は、実際にやってみた人にしか生まれない、自分だけの学びです。

また、もしかしたら、それが実社会に役立ったり、新たな知識として教科書に還元されるということもあるかもしれません。

プロジェクトは、教科書を超えるのではなく、教科書だけでは届かない領域に気づかせてくれる大事な教材だといえます。