まなびしごとLABの風間です。
こんにちは!
2026年1月15日(木)、今年の大きな目標の一つとして「サード・ラーニング」に関する連載を月2回更新することを掲げていました。
昨年11月の本屋ときがわ町で宣言して以来、ちょうど2か月間、コツコツと準備を進めてきました。
※ゆる読書会「『自分が著者になって本を書いてみたいと思うテーマ』に関する本」(in マナビバ!本屋ときがわ町)を開催しました(2025年11月16日) – まなびしごとLAB
準備を進めれば進めるほど、本当にできるのか、あれもこれももっと調べる必要があるなど、心配や不安が湧いてきましたが、そこは本編にも書いたとおり「これも一つの探究であり、実験」のつもりで、最終的には「えいやっ」で思い切ってスタートすることにしました。
正直、粗々な内容で行き届かない点も多くあるかと思いますが、連載を書き進めながら、私自身の学びも深めていけたらと考えています。
拙い文章で恐縮ですが、ご興味ある方はぜひご笑覧いただけますと幸いです。
また、何かお気づきのことなどがありましたら、ご遠慮なくご連絡もいただけましたら嬉しいです。
(noteへのリンク)
【連載】「サード・ラーニング」のすすめ:第1回「選ぶ」学びから「つくる」学びへ ~ 他者評価の鎖を解き、自律的な学びを取り戻すための探究|風間崇志/地域プロジェクトパートナー
【連載】「サード・ラーニング」のすすめ:第1回「選ぶ」学びから「つくる」学びへ ~ 他者評価の鎖を解き、自律的な学びを取り戻すための探究
1 はじめに
本連載のテーマは、「サード・ラーニング」です。
「サード・プレイス」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
「サード・プレイス」とは、アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグが提唱した概念で、「家庭でも職場でもない、心地よい時間を過ごせる第3の場所」のことを指す言葉です。
ピンときた方もいるかもしれませんが、「サード・ラーニング」はサード・プレイスをもじったもので、「第3の学び」を指す言葉として私が考えた造語です。
ちなみに『学びのコミュニティづくり』という本で「第3の学習」という言葉が使用されており、この本に出会ったことが本連載を始めるきっかけになりました。
後ほど詳細にご説明しますが、私は「サード・ラーニング」を、個人の学び(ファースト・ラーニング、第1の学び)、学校や会社など組織での学び(セカンド・ラーニング、第2の学び)に対して、多様な属性を持つ他者が集まるコミュニティにおける共創による学びを第3の学びとして提案したいと考えています。
本連載では、今の時代、そして特に地域の現場におけるサード・ラーニング、第3の学びの意義と必要性について考えていきます。
2 本連載の目的
私はこれまで、大学や高校での教育実践、そして地域連携の現場で、いろいろな属性を持つさまざまな方々との出会いやプロジェクトの共創の現場に立ち会ってきました。
そしてプロジェクトの推進を通じた個人の変化や成長、お互いの人間関係やネットワークの構築、プロジェクトの実施による地域社会への成果の還元を目の当たりにしてきました。
しかし、それらの現象は往々にして、「その場限りのもの」「偶然の出会い」「個人の熱量によるもの」として、時が経つにつれて過去のものとして流されていってしまいます。
あるいはただ単にプロジェクトで生み出された新たな商品やサービスなど、目に見える形のあるものだけに注目されがちで、それがうまくいったかそうでないのか、ということのみに評価の焦点が当てられているように思えます。
確かに人間関係はその後も続くでしょうが、それだけで終わるのはあまりにも惜しいと思っていました。
特に人やモノやお金といったリソースが限られる地域においては、多様な属性の個人が集まることによって、もっとたくさんのことが得られるのではないか。
そこからたくさんのプロジェクトが生まれ、人が成長することができるのではないか。
そしてそうした場の重要性は今後ますます高まるのではないか。
そのような想いから本連載をスタートすることにしました。
本連載の目的は、第3の学びの意義や構造を言語化するとともに、学びが生まれるプロセスを体系化し、再現性のある「学びの型」として整理することにあります。
更新頻度は毎月2回とし、月ごとに1回目を第3の学びに関する理論の紹介、2回目を実際に私が経験した現場での知見やノウハウの整理といった手順で探究を進めることを予定しています。
「探究」という言葉を用いましたが、本連載自体が、現在進行形の活動を整理する一つの「探究的な試み」であると捉えています。
そのため、ここに書くことは決して最終解などではなく、今後、読者の皆さまと共に学びのあり方をアップデートしていくことを前提にしています。
3 問題の所在:なぜ今「第3の学び」に注目するのか
ではなぜ今、「第3の学び」なのでしょうか?
私の問題意識として、私たちの学びや成長は、他者評価に「ハック」されているのではないか、ということがあります。
つまり、常に他者評価にさらされているのではないかということです。
分かりやすいのは学校教育です。
学校教育には「成績」がつきものです。
単元ごとの理解が進んでいるか、授業に積極的に参加しているか、テストの点はどうだったのかなど、ことあるごとにテストがあり、通知表や内申書などで定性的・定量的な評価を受けています。
そしてそれが進路を考える材料にされていきます。
いつの間にかそれが自分の「評価」のすべてのように感じられてしまうかもしれませんが、実はそうではありません。
肝心な自己評価、自分で自分の評価を行うという視点がすっぽり抜け落ちてしまっているのです。
本来は自己評価+他者評価があって、それらを突き合わせることで自分というものの存在価値や役割、強みといったことが顕在化するのだと思うのですが、他者評価に対して自己評価があまりにも弱すぎるのが現状なのです。
(念のためお断りしておきますと、他者評価が悪い、学校教育などの組織での教育が悪いということではありません。他者評価に対して自己評価の機会や時間が不足しているのではないかということへの問題提起です。)

それはなぜなのかといえば、自己評価の機会も時間も、学校や会社といった組織の中では限られているからではないかというのが現在の仮説です。
では、自己評価が弱いことがなぜ問題なのでしょうか?
それには2つあると思っています。
一つは自己理解の不足です。
自己理解が不足していると、自分がどういう人間なのか、どういうことに興味があるのか・ないのかが分かりません。
そうすると当然、なにをやりたいのかも分からなくなってしまうのです。
私は現在、高校での探究学習プログラムに関わっているのですが、よくある生徒さんの悩みの一つに「やりたいことが見つからない」ということがあります。
もちろん、やりたいことが見つからないことが悪いわけでは決してありません。
それを知るためにいろいろなことを勉強している途中なのですから。
ただ、なかには「自分で自分のことを考えたことがないから分からない」という人も一定数いるのではないかと思います。
もう一つは正解探しをしてしまうことです。
他者評価が強い環境においては、自分が学びたいことではなく、他者(教員や上司)が学ばせたいことが優先されるので、「正解(といわれるもの)」が存在します。
そのような中では評価されるために正解と思われる答えや選択肢を探すという思考や行動になりがちになってしまうのです。
そうなれば当然、学びが進めば誰もが同じ答えに向かうことになるので、行きつく先は同一性の高い人間になっていってしまいますよね。
常に他者評価を気にする思考や行動は、学校教育だけの問題ではありません。
私たち大人もまた会社という同一性の高い組織で、他者評価にさらされているのです。
そして上司の期待や組織の評価軸に最適化しすぎるあまり、「自分はどうしたいか」という内なる声が、他者のモノサシにかき消されていってしまうのです。
その結果、日本社会全体としても、お勉強はよくできて「正解の選択肢」を効率よく選ぶ能力には長けていても、白紙の状態から何かを「つくる力」が決定的に衰えてきてしまっているのです。
前者はまさにAIが得意な領域ですので、そこをがんばろうとしてもAIにとって代わられてしまいます。
これから必要なのは後者の「つくる力」なのです。
4 サード・ラーニングがもたらす個人と社会の変容
それでは私たちが「つくる力」を取り戻すために、サード・ラーニング(第3の学び)がどのように役立つのでしょうか。
学校や会社といった組織の学び(第2の学び)が他者評価の強いものだとしたら、個人の学び(第1の学び)はどうなのでしょうか。
それぞれの特徴を整理してみます。

それぞれの学びの限界を整理すると、サード・ラーニングの必要性がより鮮明になります。
第1の学びは個人の自由が大きくなりますが、モチベーションの維持が難しく、独りよがりな知識に陥りがちで、社会的なインパクトに繋がりくいといった限界があります。
第2の学びも「正解」があるだけに効率的ではあるといえますが、組織の論理(他者評価)が強すぎて、個人の自律性や創造性が損なわれやすいという欠点があります。
その点、サード・ラーニング(第3の学び)の特徴は、自己と他者、そして両者からなるコミュニティという3つの領域を重ね合わせることにより、自己評価と他者評価をバランスさせることができることだと考えています。
簡単にいうと、一人だけでは限界があるし、組織に依存しすぎるのもよくないということですね。
また、私がサード・ラーニングにこだわるのは、個人の学びや成長につながるということだけでなく、学び合いの延長に生じる何らかのコト(プロジェクト)によって、社会的インパクトにもつながる可能性があるということです。
つまりはDoing & Learningが一体となったプロジェクトが生まれることで、個人と社会のアップデートや変革が行われうるということです。

また、異なる背景を持つ多様な個人が「共通の問い」や「地域の課題」でつながり、個人と社会が成長するプロジェクトを地域で共創することは、私個人のミッションでもあります。
自律した個人の変容や成長は組織に新しい風を吹き込み、そのような個人同士の化学反応が地域にイノベーションをもたらす。
それが私が実現したい学びの形です。
5 結び:次号に向けて
「2 本連載の目的」にも書いたように、本連載では、私が現在進行形で取り組んでいる活動も題材にしながら、第3の学びの意義や構造を言語化、学びが生まれるプロセスを体系化し、再現性のある「学びの型」として整理していきたいと考えています。
あくまで一つの探究的な試みであり、「正解」といえるものでもありません。
また、連載を続けるなかで、思い描く第3の学びの姿も変わっていくかもしれません。
むしろそれは期待するところで、自分の学び観そのものもアップデートしていけたらと考えています。
読者の皆さまと共に学びのあり方を考えていければと思いますので、ぜひ気になったことがありましたらご意見をお聞かせいただけましたら幸いです!
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