「まちづくり×ランチェスター戦略」

私が本書を手にとったのは、表紙にあった「弱者の戦い方」というコピーに「おっ!」と気になったからでした。
これはランチェスター戦略のことを指しているに違いないと思いましたが、まさしくそのとおりでした。

「まちづくり×ランチェスター戦略」という視点はありそうで、実際にはここまで明確に謳っているものはなかったのではないかと思います。

正直、「やられたー」というのが本音です笑
考えてみればランチェスター戦略は小さな地域のまちづくりにも応用が可能です。

いやむしろまちづくりの分野こそ、総花的な事業展開が行なわれたり、つい東京という「強者」を基準にしてしまいがちですが、「弱者の戦略」という考え方がこれからの時代には欠かせないのではないかと考えていました。

小さくはじめて、その後「どこを目指す」のか?

ランチェスター戦略はまちづくりの分野にも有効であるとの考え方については私もまったくの同感で疑う余地はありません。

ただ、一方で本書が目指している将来像に関しては違和感を抱きました。
それは「間違っている」というより、目指している方向性の違いによるものではないかと思います。

筆者は第一章で次のように述べています。

すでに人口は減少局面に入っており、かつ利用者のニーズも多様化しているのが現代。行政が行う事業としても、いわゆる「最大多数の最大幸福」が見えづらく、幸せのかたちを一様に描くことはもはや不可能です。

この前提には私も同感ですが、その後の内容を読むと結局は「量の増加や拡大」「経済成長」を志向しているような気がしました。

たとえば「まち上場」という言葉があります。

本書で提示するまちづくり成功の指標、そのひとつに「まち上場」があります。まち上場とは、株式市場のように時価総額を上げることで価値を高めることを指します。それにより、人流の増加と経済的な成長を目指していくのがポイントです。

つまり、筆者は「小さくはじめて、大きくする」ことを目指しているのではないか。
それは第3章のタイトルが、「真の成功とは「上場」である」となっていることからも明らかです。

確かにビジネスはまちづくりの重要な一つの要素といえるので、地域でビジネスをする以上は事業が成り立つかどうかを考えるのは重要なことです。
私も経営者ですので、ビジネスが成り立たないと生活できないので非常に大きな問題です。

ただ、必ずしも量の増加や経済的な成長が、まちづくりを継続するための唯一の「正解」ではないのではないかというのが私の考えです。
言い換えるなら、ビジネスが成り立つのは重要だけど、量の増加や経済的な成長が必要かは別問題ということです。
あくまでそれらは手段であって目的ではない。
目的は地域の持続であり、ビジネスが成り立つことだからです。

筆者が主張する「大きくする」ことを目指すまちづくりは、一定規模以上のまちでないと難しいのではないか。
人口が少ない地域では、「小さくはじめて、大きくせずに、長く続ける」パターンも必要ではないかというのが私の意見です。

なぜなら、まちづくりとビジネスの違いは、ビジネスはいろんなところから調達してスケール拡大が容易にできますが、まちづくりでは地域から生まれるリソースには限りがあるからです。

たとえば農業で考えれば、1枚の田んぼからとれるお米の量には限りがあり、それを無理やり増やそうとすれば土地や働く人に過剰な負担をかけてしまうからです。
安易に地域外から仕入れることもまちづくりの本旨から外れてしまい、逆になりふりかまわないという汚名を着せられるおそれもあります。

印象としては筆者が前提としている「まち」とは、人口でいえば10万人以上の特例市レベルの地域、あるいは数万人でも人口が伸びているような自治体というような気がしました。

確かに大きくなれば賑やかになるでしょうが、どんどん大きくなればなるほど本当にいいかのかという問題です。

まちづくりも「小さくはじめて、大きくせずに、長く続ける」

改めていうと、総合振興計画や都市計画マスタープランをつくってから実施計画に細分化して実行する従来のまちづくりではなく、「小さくはじめる」という本書の趣旨には私も大賛成です。

ただ、小さくはじめた後、それを大きなマスタープランやルールで規定するのではなく、あえてそのまま「大きくせずに」多様性を維持したまま続けるという道もあってもいいのではないかと思うのです。

大きな枠組みで括ろうとすると、どうしても没個性になって一般化しがちです。
それだとそれまで特定の分野で尖っていたがゆえに魅力的だった個性が薄れてしまい、ほかの地域と同じような土俵に立ってしまうことになります。
そうなれば当然、強者が勝つというのがランチェスター戦略の趣旨ですので、ここはあくまで「強者」と違う戦い方をしなければならないのではないかと思います。

筆者も述べているように、地域の生活者においてもニーズや幸せの形は多様化しています。
そうであるならば、それぞれの地域にあった幸せに沿ったまちづくりの形があっていいのだと思いますし、究極的には一人ひとりが幸せに生活できるまちでありさえすれば、どのようなまちづくりであってもいい。

だから私としては、地域全体の大きな動きよりも、一人ひとりのプレーヤーの小さな地域でのしごとを生み出すことに集中していこうと思います。

ただ、何度もいっているように、一定の規模は事業が成り立つうえでは必要なので、あえていうなら「小さくはじめて、ある程度まで大きくしたら、拡大ではなくより良くしながら、長く続ける」でしょうか。

ランチェスター戦略がなんたるかを完全に理解しているとはいえない自分がこんなことを書くのは大変恐縮ではありますが、地域のイチプレーヤーとして見解を述べさせていただきました。

「まちづくり×ランチェスター戦略」という視点から、自分のスタンスについて考えさせられた一冊でした。

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以下、本書で気になった箇所をまとメモとして公開します。

「⇒」は個人の感想、メモです。

まとメモ

第1章 弱者の正しい戦い方を、9割以上の人が知らない

・弱者の戦略を駆使して、何もないからこその”正しい戦い方”をすれば、小さくはじめて大きく成長していくことが可能となります。そう考えると、弱者であること、小さいことは、決してマイナスではありません。
 ⇒ 一定の規模は必要だが、大きく成長を続けることは必ずしも必要ない。継続することが目的。

・従来のまちづくり
 ①都市計画:総合計画・マスタープランの作成
 ②設備段階:市街地再開発・土地区画整理事業の立案
 ③管理段階:道交法・公園などの公物管理法の制定
 ④活用段階:設置許可制度や指定管理者の整備

・推奨するまちづくり
 ①ソリューションの検討
 ②担い手の発掘・育成
 ③空間の運営の設計
 ④ルールづくり

・「小さくはじめて、大きく育てる」というのは、スタートアップや新規事業の鉄則です。最初からヒト・モノ・カネを集め、事業規模を大きくすればするほど、軌道修正がしづらくなってしまいます。それでは方向転換ができないのです。

・人が集まってくれば、そこで経済活動が行われ、まちとしての「価値」が生まれてきます。
 ⇒ ただし、無尽蔵に人を増やす必要はなし。地域のスペックを超えて人が集まってくることはむしろキャパオーバーを招くおそれがある

・アクティビティが10以上集まって「プレイス」になり、今度はそのプレイスが10以上集まって「エリア(地区)」となる。さらには。エリアが10以上集まったものとして「タウン(街)」が形成される

第2章 小さなことから、大きなことへ・・・。これが弱者の正しい戦い方!

・弱者の戦略をまちづくりに応用するとき、非常に重要なことは、「原価思考」から「価値思考」へ移行させること
 → 「最終的にどれくらい価値を生むのか?」から出発して、その後に原価を検証するのが「価値思考」。儲けの幅は割と自由に設定できる

第3章 真の成功とは「上場」である

本書で提示するまちづくり成功の指標、そのひとつが「まち上場」。まち上場とは、株式市場のように時価総額を上げることで価値を高めることを指す。それにより、人流の増加と経済的な成長を目指していくのがポイント

・まち上場を意識することは、その地域ならではの価値を見える化するのに最適です。不動産価値としての金銭的な評価に換算することになるのですが、そこに土地や建物を購入する意義が生まれ、ビジネスとして企業や個人も参入しやすくなります。
 ⇒ 確かに価値を見える化するという意味においては金銭的評価は一般的だが、安易すぎるようにも感じる。金銭的評価が「唯一絶対」という従来の画一的な価値観を踏襲しているだけにも思える。第1章の「多様な幸せの形」との相違に違和感

・これまでのように観光需要を喚起するだけでなく、しかも移住ほど負担がないあり方を模索するのが、未来のまちづくりのあり方
 → 「誰に」とっての未来のまちづくりのあり方か?

第4章 【ステップ1】ソリューションの検討

・小さくはじめるまちづくりでは、当事者の「想い」が重要な役割を果たす。公的な活動ではなく民間からの働きかけであるからこそ、自分たちがまず情熱をもち、主体的に動いていくことで周囲を巻き込んでいく

第7章 【ステップ4】ルールをつくる

・田舎には可能性がある=田舎は儲かる。・・・やはりまちづくりに持続性は不可欠であり、そのために必要なのは事業として成り立つかどうか

・これまでの「まちづくり1.0」「まちづくり2.0」のときのように、万人にウケる必要はもうない。むしろ万人ウケに走るのは危険ですらある。人気のまちのコピーではここから先はもう通用しないから。新しい世界観を作り出し、たった一人でもいいので強烈に刺さる場所をつくることが、これからの「まち」に課せられた宿命
 ⇒ どこのまちでも他と同じようなことをするのではなく個性を強調することは重要
 ⇒ にもかかわらず、一方で「量の増加」「経済成長」一辺倒に向かうことに関しては違和感