これからの時代に選ばれるのは、本気の子どもを大人が応援できるまち

一時話題になった三重県多気町の「まごの店」ができるまでについて書かれた本。
2011年に発行された本ということで、少し前の本になるけれど、「まごの店」の実現までの数々の試練に立ち向かう様子は、今でもリアリティ十分。
「地方」に注目が集まっているなか、地域に目を向けることの大切さ、地域の可能性の大きさが、ザクザクと胸に突き刺さってきます。

現役公務員(当時)が書いた本で、さらにテーマがまちづくりや教育にも関わるものなので、かなり興味津々。
今後の自分の事業のヒントにもなりそう!

本書で最も印象に残ったのは、子どもたちを、本気で応援する大人の姿です。

多気町には五桂池ふるさと村という複合施設があり、一自治会が独立採算で運営しているという珍しい施設の一角に、相可高校の調理科の生徒が運営する「まごの店」をつくろうということになりましたが、最初は村の役員には反対を受けたそうです。
しかし、実際に夏休みの期間を利用して、ふるさと村の食堂でアルバイトをする高校生たちの姿を見て、反応が変わります。

よし、作ったろ!あの子らの店、高校生の店を作ろう!
言っとくけど、商売のためやないで。高校生で儲ける気は今でもない。せやけど、あの子らを見とったら、なんかしてあげたなってきてな。採算取れやんでもかまへん。

ふるさと村は、公共施設としては珍しく(?)、経営という視点で運営されており、何十年も赤字を出したことがなかったといいます。
役員は自治会のおじいちゃん・おばあちゃんでしたが、それだけ「本気」でふるさと村の運営に取り組んでいたということでしょう。
だから、高校生と聞いて、チャラチャラした子どもがいい加減な気持ちで関わるのであれば嫌だと感じたのだと思います。

それが本気の子どもたちの姿を見て、応援者に変わったのです。
そして、その後の「まごの店」の増設の際にも、本気で考え、本気で応援するようになりました。
自分が本気だからこそ、相手の本気もよくわかり、本気で応援しようと思えたのではないかと思います。

本気の大人がいて、本気の子どもが育つ。
また、その子どもに刺激を受けて、大人はますます本気になる。
そんな好循環が生まれているのを感じました。

また、北海道三笠市から視察に来た市の職員が岸川さんに、道立三笠高校を市立化して存続することについて相談があったときのエピソードも非常に熱いです!
三笠市から依頼を受けて、岸川さんが講演をしたときのことです。
当時の三笠市では、市立化して高校を存続することに対して反対の声が強かったため、「40人募集して20人しか来なかったらどうするのか」「市の負担が増えるのではないか」との質問が相次ぎました。

それに対して、岸川さんの答えは次のようなものでした。
やや長いのですが、本書から引用してみます。

 学校は、まちの未来の希望です。もしも高校がなければ、若い子はどんどん市の外に出て行ってしまいます。それは長い目で見たら、過疎を助長しているようなものと考えることもできます。生徒が二十人しか来なかったらという心配もあります。確かに市の負担は増えるかもしれません。でも。私なら五人でも大喜びです。そしてその大切な五人を、まちをあげて愛してあげたらいい。
・・・
しかしながら、高校があったとしても、大学進学や就職で、東京や札幌などの都会へ出ていく生徒は多いでしょう。それを止めることはできませんし、止めてはいけないと思います。希望就職先に校長先生やあるいは市長も一緒についていって頼む。土下座してもいい。一生懸命その生徒たちの幸せを願って努力する。教員の仕事の範囲がどこまでかとか、市の職務内容かどうかとか、そんなことはどうでもいい。必死で応援してあげるんです。
・・・
そうしたなかでまちに残ってくれる生徒もいてくれるでしょうし、一度都会に出てから帰ってくる子もいるはずです。まちにとって子どもというのは宝です。そしてもし三笠市に残ってやろうという生徒がいたら、大切な宝である若い人たちと一緒に新しい産業を起こしていけばいいんです。 

これこそ、これからのまちづくりに必要な視点だと思います。
今がどうであるかももちろん大切なのですが、これからのまちのことを考えなくてはならないこと。
これからのまちというのは、今の子どもたちが大人になったときのまちということです。

だから、子どもが減って高齢者が増えているからといって、子どもにかける予算を減らして高齢者のための施設をつくるのではなく、子どもがよりよく育つ、暮らしやすいまちをつくることも、それ以上に大切なことなのではないかと考えます。

私の大好きなときがわ町でも、似たようなエピソードがあります。
あるとき町長が、一人の高校生が「インターネットが使えないような町では絶対に暮らしたくない」と口にするのを聞いて大きなショックを受けたんだそうです。
当時のときがわ町はADSLの回線がいっぱいで、利用できない町民も多くいました。
そこで関口さんはNTTにかけ合うも、光ファイバーの整備の予定なしと門前払い。
それなら3億円以上の整備費を町ですべて負担してでも光ファイバーを整備しようと決断したといいます。
結果的には、タイミングよく国の補助金を受けることができて町の負担は抑えられましたが、それでも人口1万人ちょっとの町にとっては相当な覚悟だったと思います。

子どもへの態度には、まちの将来への態度が表れています。
子どもを本気で応援してくれる、応援できる大人がいる町。
そんな町であれば子どもと一緒に暮らしてみたいと思うし、そんな町で育った子どもは、まちのことを好きになってくれるのではないかと思います。
たとえ進学や就職でまちを出て行ったとしても、何かあった時にはふと思い出して安心して来られるような故郷になるのではないか。

そんなまちづくりをしていきたいと本書を読んで改めて思うのでした。

本書のまとメモ

(「⇒」は私の考え、感想)

高校生レストラン「まごの店」は、こうして生まれた

・(調理科の)学校では絶対できやんことが二つあるんですよ。一つは接客や。生徒同士、お互いがお客さま役になって練習したりもするよ。せやけど、そんなん真似事やでさ。馴れ合いでやっとるで緊張感ないし、何も身にならへん。
もう一つはコスト管理。・・・この子らは与えられたもんで調理するだけやで、そんなん考えへんわさ

・何か問題が起こったときにも、学校や県に迷惑がかからないよう、町と高校とふるさと村との三者間で「覚書」を作りました。・・・この取り組みを始めるにあたって、責任の所在だけはっきりさせておいた方がよいと考えたのです。

 ⇒ 責任の所在がはっきりしていないと安心して取り組むことができない。ここが曖昧だと、みんなが他人事になり、押し付けあいになってしまう

・まちおこしを本当に成功に導くには、相当の「覚悟」がいります。中途半端な気持ちでは、絶対に成功しないと思っています。
「失敗したらどうしよう。非難されるのはいやだ。やっぱり冒険しないでおこう・・・」
役場に勤める私がこう考えていたら、「まごの店」の仕掛けはうまくいっていなかったでしょう。

⇒ 公務員だからこそできるチャレンジがあるし、そのチャレンジが周りに火をつける

・ひとつの事業を実現するためには、たくさんの人とかけあい、たくさんのハードルを超えなくてはいけません。すると、ややもすると目の前の試練にしか目がいかなくなり、そのハードルを超えること自体が目的化してしまいそうになるのです。
 → 「何のためにこの事業をやるのか」
   「誰のためにやるのか」
   「何をもって幸せとするのか」
   を見失わない

多気町役場に入庁

・多気町役場としては、けっこう冒険だったはずですが、プログラムを活かした業務改善の実績を認めていただいていたからか、すんなりと提案を認めてもらえました。

 ⇒ 周囲の人のニーズに応えて価値提供を行うからこそ、自分がやりたいことをやりやすくなる

・ふるさと寄席の成功をきっかけに、私のなかで「もっといろいろ仕掛けてみたい」という気持ちがどんどん大きくなってきました。
 当時配属されていた教育委員会では、直接まちおこしには関係のない仕事をしていました。でも、それが仕事であるか遊びであるかは関係なく、純粋に自分自身の「楽しみ」という意味で、もっとおもしろいことを仕掛けて町を盛り上げていきたいという感情が湧き上がってきたのです。

 ⇒ ふるさと寄席は仲間とともにボランティアで実施。
   公務員という仕事以外の地域での役割、ジブンゴトとしての「しごと」

広がるまちおこし

・今考えているのは学校の研修店ではなく、本物の飲食店です。そこで、運営組織の形態は、継続することを考えて株式会社にしようと決定しました。独立した株式会社ですので、民間の会社です。しかしながら、運営の目的は、相可高校卒業生の受け皿であり、地産地消の考え方のなかで、地域の農産物をできるだけ使用し、地域の活性化にも役立つようなNPOのような会社です。

 ⇒ ボランティアではなくビジネスとして、雇用の受け皿と経済の循環を地域につくる
   かつ、それが継続する仕組みとしての株式会社という選択

・学校は、まちの未来の希望です。もしも高校がなければ、若い子はどんどん市の外に出て行ってしまいます。それは長い目で見たら、過疎を助長しているようなものと考えることもできます。生徒が二十人しか来なかったらという心配もあります。確かに市の負担は増えるかもしれません。でも。私なら五人でも大喜びです。そしてその大切な五人を、まちをあげて愛してあげたらいい。
・・・
しかしながら、高校があったとしても、大学進学や就職で、東京や札幌などの都会へ出ていく生徒は多いでしょう。それを止めることはできませんし、止めてはいけないと思います。希望就職先に校長先生やあるいは市長も一緒についていって頼む。土下座してもいい。一生懸命その生徒たちの幸せを願って努力する。教員の仕事の範囲がどこまでかとか、市の職務内容かどうかとか、そんなことはどうでもいい。必死で応援してあげるんです。
・・・
そうしたなかでまちに残ってくれる生徒もいてくれるでしょうし、一度都会に出てから帰ってくる子もいるはずです。まちにとって子どもというのは宝です。そしてもし三笠市に残ってやろうという生徒がいたら、大切な宝である若い人たちと一緒に新しい産業を起こしていけばいいんです。

まちの宝創造特命監という仕事

・まちおこしの4つのポイント

①あるものを探す=ないものを探さない
 地域にはそれぞれいいものがたくさんあることを知ること、信じること
 「人」も地域の大きな財産

②何でも自分たちで考え、自分たちでやる
 大規模な予算を投じて、コンサルタントに丸投げしない
 失敗してもノウハウが残る

③ビジネスを意識して仕掛けをする
 最初から、その取り組みのなかで運営費がまわっていく仕組みを考える
 正しい仕掛けは、どんどん連鎖していく

④ゼロからイチを作る
 その地域に合ったものを、自分たちの頭で、自分たちの手でゼロから立ち上げる
 多気町と同じものは多気町以外にはない

・これからの地方の生き方では、私たちひとりひとりの考え方、「幸せの尺度」も変えていかなくてはいけない
 =「主観的に生きる」こと

・他の人と比較してどうかということより、自分が幸せと思えるかどうか

・遠くを見て羨むのではなく、ないものねだりをするのではなく、「今そこにある幸せ」を見つける。それぞれが、他の人との比較ではない、それぞれの幸せを大切にする

・自分が幸せかを決めるのは自分