ときがわ町で「しごとをつくる人」インタビュー第3弾

第1弾の「晴耕雨読 橋本拓さん・容子さん」、第2弾の「株式会社レイキモッキ 岡野正一さん」に続く第3弾。

 第1弾の晴耕雨読・橋本拓さん・容子さんの記事はこちら(第1回第2回第3回
 第2弾の株式会社レイキモッキ・岡野正一さんの記事はこちら(第1回第2回第3回

今回お話を伺ったのは、ときがわホースケアガーデンの鈴木詠介さん。

ホースケアガーデンは、ときがわ町西平地区にある養老牧場です。

「養老牧場」ってなんだろう?

最初の疑問がそれでした。
耳慣れない言葉です。
競走馬を育成するための牧場でも、通常の観光のための牧場とも違う場所。

字面からすると、年老いた馬を世話するところというような安直なイメージを持ちましたが、詠介さんと話しているとむしろ積極的に馬と人、馬と地域との関係をつくっていこうというような前向きな強い意思を感じます。

詠介さんがホースケアガーデンを、馬たちにとって、ときがわ町にとって、どのような場所にしていきたいのか。
過去、現在、未来の視点からお話を伺いました。

鈴木詠介さんへのインタビュー

馬との出会いのきっかけは「ダビスタ」

―― まずは過去のことから伺いたいと思います。そもそも馬と関わるようになったのは、何がきっかけだったんでしょうか?

高校生のとき競馬ファンだったのがきっかけです。
もっといえば「ダビスタ(=ダービースタリオン。競走馬育成ゲーム)」ですね!笑
中学生のときにダビスタにハマっていて、高校生になって競馬にハマりました。

それが馬の仕事に興味を持ったきっかけです。

―― 競馬ファンから、馬に関わる仕事をしたいと思うようになったんですね。

ただ、馬の仕事といってもジョッキー以外はピンときませんでした。
ジョッキーは無理だと思っていたので。

そんなときにたまたま北海道で競走馬を育てる牧場をテーマにした漫画を読んで、「これだ!」と思いました。

―― その漫画はもしや!?

『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』(ゆうきまさみ)です!

―― 懐かしい!自分も読んでました。

競走馬を育てている人たちが、競馬で大きいレースで馬が頑張っているのを見て、すごく盛り上がるシーンがあるのですが、ただでさえファンで見ていて楽しいんだから、あの輪の中に入れたらもっと楽しいんじゃないか、やりがいがあるんじゃないかと思いました。

それで自分も馬を育ててみたいと思い、それなら北海道の牧場だと思ったんです。
漫画のような出会いもあるかもしれないし笑

―― 確かにあのストーリーは魅力的でした笑。

夢だった牧場の仕事。現実は・・・

―― それからどうしたんでしょう?

これは面白そうと思って向こうのハローワークに電話で問い合わせて、「求人があったら送ってほしい」と頼みました。

―― すごい!即行動ですね。

でも馬に乗る人以外の求人って少なくて、なかなか出ませんでした。
そのうち自分でも探して問い合わせている中で、一か所だけ「やる気があるなら来て」と言ってくれる牧場がありました。

それで面接を受けたら、採用が決まりました。

―― それは牧場に就職したということでしょうか?

そうそう、高卒で入りました。

でも行ってすぐに「失敗した!」思いましたね笑
きついし、朝早いし。

牧場って牧歌的でのんびりしたイメージだったんですけど、全然そんなことなくて、朝から馬の世話をしたら、トラクターの乗ったり、トラックを運転したり、土木作業のようなこともしたり、本当に肉体労働でした。

同期も3人いたけど、すぐ辞めた。
まあ入った人の半分くらいは夜逃げするよね笑
そういうところ。

やっぱり競馬が好きな人とかいて、来る人はいるんだけど続かない。

自分は・・・なんだかんだいってきつかったですけど、馬が好きで性にも合ったのか、同じところで19年くらいお世話になりました。

―― 漫画でも主人公がよく逃げ出してましたよね笑。長く続く方が珍しかったんですね。長く続けられた原動力のようなものはなんだったんでしょう?

やっぱり楽しかったというのがあります。
きつかったけど。

仕事は辛くても、手をかけた馬がデビューしたときの喜びや、競馬ファンとしての夢や憧れでもある勝利時の口取り式撮影にも体験して、日ごろの苦労が吹っ飛ぶくらいに嬉しさがこみ上げてきました。

北海道を離れ、地元の埼玉へ

―― それだけ長く続いた仕事なのに、どうして北海道を離れることになったんでしょう?

妻と出会って結婚して、子どもが生まれたというのが大きいです。
妻がたまたま北海道に看護師として派遣されてきていて、合コンで知り合ったんですけど笑

子どもが生まれたら、育児がすごく大変だった。
妻は兵庫出身で、自分も埼玉なので頼れる親が周りにいなくて。

自分も仕事が忙しいのでなかなか育児ができなかったので妻がまいってしまったんです。
仕事の面でも行き詰まっていたことなどもあって、頃合いじゃないかという結論に至りました。

―― それで埼玉へ?

そうです。

自分は新座市出身だったので、そこから電車一本で行けるところということで探していたら、「つきのわ駅」が最寄りの賃貸物件がたまたま出ていたのでそこに決めました。

―― 転職先を考えて戻ってきたわけではなかったんですね。

どちらかというと、辞めて戻ってくることが目的でした。
引っ越してきて3か月くらい何もしなかったです。

そうこうするうちに、なんだかんだいっても俺も馬が好きだから、馬がいるようなところをスマホで探しているうちに、たまたま隣のときがわ町にここ(ときがわホースケアガーデン)があることを知りました。

一度来てみたら、前の経営者がいろいろ大変そうにしていたので、じゃあ手伝いますよっていって、週末に手伝うようになりました。

それが4年くらい前のことです。

ときがわホースケアガーデンとの出会い

―― ときがわホースケアガーデンでの仕事はそのようにして始まったんですね。

ただ、そのときはほぼボランティアで、週に1回くらい手伝いにいくという感じでした。
そろそろ仕事をしなくちゃと思って、それとは別に川越にある会社で運転手の仕事を始めてたから。

でも、それから4カ月くらいたった頃に、ここをやっていた前の経営者が急に倒れてしまったんです。

―― えっ、そうなんですね。

俺も手伝いに来てたから、他のスタッフの方とどうしようかと一緒に話し合っている中で、馬の仕事の経験があるということで「やりませんか?」という話になりました。

いろいろ話す中で、自分のやりたいことができるかもしれないと思い始めて、俺も「やってみたい!」と思うようになったんです。

―― それで引き継ぐことにしたんですか?

いや、すぐにはそうはならなくて、運転手の仕事を始めたばかりだったから、とりあえず1年間はそこで働いて、ボランティアで1年間は手伝いました。

―― すると経営を引き継ぐまでに半年以上あったわけですけど、やってみたいという思いは変わらなかった?

不安よりもワクワクの方が大きかったかな。

一緒に手伝いに来ていた人におもしろい人がいて、ここの経営をどうしたらいいかとか、ビジョンをどうするかとかをいろいろ一緒に話していました。

これまでと同じやり方だと、きっと同じようなことが起こるので、良くなるにはどうしたらいいかと。

そんなことを話していて、それまでは雇われる側だったから自分で何かやるということはなかったんだけど、経営者になれば自分がやりたいことができるんじゃないかと感じたんです。

大変だろうなとは思ったけど、そこへのワクワクが一番大きくて、なんとなくやっていけるんじゃないかと思えた。

やってみたら全然思うようにいかなかったけど笑

(次回に続く)

ときがわホースケアガーデン

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