まなびしごとLABの風間です。
こんにちは!

2026年3月27日(金)、連載「『サード・ラーニング』のすすめ」の第6回「伴走者を超えて「共に創る」 ~「第2回弥生祭」での実践から~」をnote上で公開しました。

今年から始めた連載企画の第6回です。

noteで公開中ですが、こちらにも転載していきます。

(noteへのリンク)
【連載】「サード・ラーニング」のすすめ:第6回 伴走者を超えて「共に創る」  ~「第2回弥生祭」での実践から~|風間崇志/地域プロジェクトパートナー

第6回 伴走者を超えて「共に創る」  ~「第2回弥生祭」での実践から~

1. はじめに

前回は、高校における総合的な探究の時間を切り口に、探究の本質的な価値は他者評価の中ではなく、自分を突き動かす衝動という学びのエネルギーや他者のモノサシに縛られない自己評価にあるというお話をさせていただきました。

しかし、それを実現するのは簡単なことではありません。

「生徒が自ら問いを立て、主体的に動く」ことが理想であると分かっていても、現実の教室では、生徒たちは「何をすればいいですか?」「どうすれば評価されますか?」という正解を求める姿勢からなかなか抜け出せずにいることも少なくありません。
これは、彼らがそれまでの教育の中で正解を出すことで評価されてきた結果でもあります。

つまり学校という場所では、「探究」という看板を掲げたとしても、どうしても他者評価がつきまとってしまうのです。

ではどうしたら自分の衝動や自己評価を実現することができるでしょうか?
結論からいうと、私は「地域」とそこでのサード・ラーニングの場にこそ、そのカギがあるのではないかと考えています。

私はここ数年、地元の高校の探究活動を外部パートナーとしてサポートさせていただいています。
そこで強く感じているのは、教室で机の前に座って頭で考える知識の習得ではなく、地域というフィールドで予期せぬ出来事や多様な大人たちに遭遇したり、心を動かされたりすることで、生徒の皆さんが自分なりの問題意識を見つけたり、なんとかしてやろうという強い意志が芽生えるということです。
これは生きる力や学ぶ力にもつながる生きた経験ではないかと思います。

今回は、地元の高校生が立ち上げた「弥生祭」を一つの事例として取り上げ、私がそこにどのように関わってきたか、それによってどのようなことが見えてきたのかについて伝えしていきたいと思います。

※弥生祭の詳細についてはこちらの記事をご参照ください。https://note.com/embed/notes/na09709ee51e7

2. 「教える」でも「見守る」でもなく、ともに創る

一つ目は企画した高校生との関わり方です。

「探究」では通常の教科学習とは違い、「正解」の載っている教科書のようなものはありません。

そのため教員や大人の役割は、教えるのではなく、ファシリートや伴走者だと言われることがあります。
時には生徒が自ら答えを導き出すのを我慢強く見守ることが求められたりします。

実際にそのような場面を目にしたことがありますが、正直、じれったくなるくらいに教員の方が見守っていて、何も口を出さないというのも決して楽なことではないなと感じた記憶があります。

確かに答えがない問いに対して、生徒自身が考え、気づき、行動するというのは自立のためには必要な能力を養うために必要なことだと思います。

ただ一方で、見守り一辺倒だけでは欠けてしまう視点があるのではないかと私は考えています。

それは、よりよいものを共に創るという視点です。

生徒の主体性を尊重することは大前提ですが、私は単なる「見守り役」という観客席に座るのではなく、よりよいものを共に創る「ジェネレーター」であることを常に意識してきました。
(私の性格上、黙って見守るのが苦痛でしかないということもあるかと思いますが・・・笑)

知っていることやできることは積極的に提供し、当事者の一人として、企画者である高校生チームとともにどうすればよりよいイベントになるかということを一緒に考えていきました。
また、商店会のメンバーの方々も、彼らの成長を見守るという視点ではなく、イベントがよりよくなるために必要なものを提供してくださっていただのではないかと感じます。

地域の方々にとっても、高校生は共創パートナーなのですね。
間違っても、「無償の、あるいは安価な労働力」などと捉えてはいけません。
(そんなのは論外です)

私は学校の先生でも、高校生たちの親でもありません。
そういう意味では、いわゆるナナメの関係です。
よくいわれるナナメの関係は、中学生から見た高校生や大学生、高校生から見た大学生や20代の若者というように、少し年齢が上の人との関係を指していることが多いかと思います。

そういう意味では、私は生徒から見たら、「学校の先生ではないけれど、地域のことに詳しく、一緒に悩んでくれる地域のオッサン」くらいの立ち位置になるでしょうか。

さらにここで意識しているのは、確実な年齢差はありこそすれ、大人と子どもという区別はせず、単なる年齢の差とそれに伴う役割の違いがあるだけだということです。

例えば、弥生祭の準備における役割分担は以下のようなものでした。

  • 企画者である高校生の役割:企画者として当日の運営計画を自ら作成する、SNSを活用した広報を行う、自校や他校の部活動に協力を仰ぎステージを構成するといったイベントの核をつくること。
  • 協力者としての地域の人の役割: 免許を保有している成人として、キッチンカーや運搬車両の誘導を行う、法令手続きのために行政機関と調整を行う、地域の関係団体との調整や周知、メディア対応といったイベント開催に必要な、あるいは周辺的に発生する事項への対応を担う。

これは大人が生徒を「手伝う」という構図ではありません。
もちろんすべてがそうだったということではなく、意識の上ではあくまで共催というようなつもりでいました。

お互いが持っているリソースを出し合い、より良いものを作るために議論し合う対等なパートナーシップがあったのではないかと思います。
最初からそうだったというよりは、議論しながら準備を進めていく中で、そのようなパートナーシップが育まれていったという方が近いかもしれません。

そのような関係性があったからこそ、生徒の中には、「自分たちは守られる存在ではなく、誰かにやらされているのでもなく、自分たちの手で動かしている」という確かな当事者意識が芽生えていたのではないかと思います。

イベント開催後に聞かれた「イベントを開催するのがこんなに大変だと思わなかった。誰一人いなくても成立しなかった。自分たちが始めたことなので、自分たちがやらなくてはいけないと思った」というコメントから、そのようなことを感じました。

3. 学校の枠を飛び出す

二つ目は、このイベントが学校ではなく、地域という学校の外で開催されたことです。

このことには大きく二つの意味があったと考えています。

一つは学校の外に出たことで、学校ではできないことができた、そして同時に学校の外でもできないことがあることを学ぶ機会になったことです。

学校の中には校則がありますが、外の世界には社会のルールやマナーがあります。
私は、学校ではできないチャレンジを、なるべくできる場を用意したいと考えていました。

そこではやりたいことができる自由と引き換えに、責任が伴います。
相手に失礼な態度をとれば断られるし、怒られるかもしれません。
準備が間に合わなければ、イベント自体が成立しないかもしれません。
親や教師以外の大人と接したり、社会のルールを知ったりすることで、生徒たちは自分の行動が社会にどういう影響をもたらすかということを直に体験することができます。

もちろんポジティブな影響もあります。

SNSで弥生祭を告知する動画を投稿したとき、再生数が2万回を超え(もしかしたらもっと)、2000以上の「いいね」と100以上のコメントをいただいたということが起こりました。
その大半が応援のコメントで、地元出身の方や高校卒業生の方などからのコメントも多く寄せられました。

自分たちの行動一つで、社会に大きな影響を与えることができるかもしれないという手応えを感じることができたのではないかと思います。
特にインターネット、SNSなどを活用すれば、できることはたくさんあるという視野が広がった場面でした。

一方で、思いのほか反響があったことで、軽はずみなことをすれば逆のことも起こりうる怖さも知りました。

また、学校の外で行うイベントだからといって、何でも自分たちがやりたいようにできるかというと、そういうわけではありません。
ある高校に在籍していることや高校生であることには変わりはないので、その制約がすべてなくなるわけではないですし、社会にもルールがあるからです。
そんな当たり前のことにも気づくことができたのではないかと思います。

それは大人にとっても例外ではありません。

大人もすべてのルールを熟知しているわけでもなく、初めてやることも多いです。
だから失敗するし、迷うこともあります。
大人も決して完璧ではないのです。
私も分からないことは「分からない」と言いますし、失敗も隠しません。
そもそもそれは「失敗」ではなく、それだとうまくいかなかっただけで、それなら次の手を考えようというスタンスです。

そういう姿を見せることで、生徒たちの中に「失敗してもいいんだ」「次にどうするかを考えればいいんだ」と思ってもらえたらいいなと思います。

4. 「コト」の評価が育む、打算のない衝動

弥生祭が学校ではなく、地域という学校の外で開催されたことのもう一つの意味は、「評価」の捉え方の違いです。

学校という空間は、どうしても評価が前提となる場所です。
授業や部活動、そして探究の時間であっても、生徒たちは常に自分の能力をジャッジされていることを意識せざるを得ません。
これは、学校という組織の構造上、避けられない側面でもあります。

しかし、それは一歩学校の外の地域という場に出れば一変します。

商店会の方々やイベントに訪れるお客さまにとっては、生徒たちの内申点や学校での成績には全く関心がありません。
「この生徒のコミュニケーション能力は何点か」などと評価しながら接する人はまずいないでしょう。

こうした方々にとって最も大切なのは、そこで「何が行われているか」というコトです。
イベントが楽しいか、食事がおいしいか、また来たいと思ったか、地域は盛り上がったのか。
関心事はそこに集約されます。

もし準備が滞れば、地域の方から厳しいご指摘をいただくこともあります。
しかし、それは生徒個人の能力をジャッジするものではなく、イベントをよりよくするために必要な改善を求めているに過ぎません。
誰がやっているか(Who)ではなく、何が起きているか(What)が重視されるのです。

高校生が企画したというだけで加点はあったとしても、一人一人の能力に注目されることというのはあまり聞かないかと思います。

この個人の能力に対するある種の「無関心」は、大きな自由や安心感をもたらします。
生徒たちから評価される恐怖を取り除き、一人のプレイヤーとして純粋に「コト」に向き合える状況につながっていたのではないかと思うのです。

そもそもイベントに来てくれるお客さまは、高校生が主催するイベントという理由だけで来ている方ばかりとは限りません。
また、「高校生だから」というだけで不備のある対応を許してくれるわけではありません。
お客さまは、自身の貴重な時間を使って来場されている真剣な参加者だからです。

だからこそ、企画者である高校生たちも出店・出演で関わっている高校生たちも、誰かに褒められるためではなく、目の前のお客様に喜んでもらうために必死になる。
この打算のない、純粋な没頭体験こそが、学校の外でイベントを開催できたことによる大きな価値だったのではないかと思っています。

もちろん、こうした経験が、結果として大学入試などの場で高く評価されることもあるかもしれません。
しかし、それはあくまで結果論で、後からついてくる(かもしれない)ものです。

最初からそれを狙って実績づくりのために動くのと、目の前のプロジェクトに魂を込めて取り組んだ結果として語るのとでは、その響きはまったく異なるはずです。

また、そうした打算のない衝動から生まれた活動だったからこそ、地域の方々、応援してくれた方々、来場してくれた方々の共感が得られたのではないかと思います。

5. おわりに

サード・ラーニングとは、学校や組織という看板を一度脇に置き、個人同士がフラットに集まり、集まった人たちが共に学ぶ、共につくる場であると考えています。

弥生祭というプロジェクトを通じて私たちが経験したのは、教育する側と受ける側、大人と子どもという二極化された関係の解消でした。
高校生も一人のプレイヤーであり、地域の人もサポーターではなく、当事者として「自分はこの地域でどのような役割を果たせるか」を考えながら行動してきました。

高校生を、単に「守るべき対象」や「便利な労働力」として扱うのではなく、共に創る仲間として迎えることができたのではないかと思います。

一方で、今回のイベントを企画した高校生自身は、自分たちがやってきたことをどのように評価しているのか。
イベント自体に対する感想は聞けたものの、自分自身にとってどのような意味を持つのか、それによって自分自身にどのような変化があったのか、それをこそぜひ振り返っていただきたいと思っています。

学校の外に飛び出す探究に取り組むことで、多かれ少なかれ社会への影響が生じます。
ただ、それは副産物にすぎず、自分自身に対する理解や変化こそが、真の探究の成果だと思うのです。

そうした自己評価の積み重ねが、やがて他者評価に押しつぶされない「私」という主語をつくっていくのです。

これまでの連載

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【連載】「サード・ラーニング」のすすめ:第5回「社会」が求める探究と「自分」のための探究 ~ 私たちにとって「探究」とは何か ~ – まなびしごとLAB

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【連載】「サード・ラーニング」のすすめ:第4回 「いきあたりばっちり」を育む学びの土壌とは? 〜 キタサカまちづくり部を例に 〜(実践編02) – まなびしごとLAB

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【連載】「サード・ラーニング」のすすめ:第3回 学びの「地図」をアップデートする ~ 「学び」の変遷からサード・ラーニングのヒントを探る ~ – まなびしごとLAB

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【連載】「サード・ラーニング」のすすめ:第2回 共創による学びを俯瞰する ~ 地域連携プロジェクトから紐解く「学びの生態系」のヒント ~ – まなびしごとLAB

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「【連載】「サード・ラーニング」のすすめ」をスタートしました(2026年1月15日) – まなびしごとLAB

番外編
【連載:番外編】「サード・ラー二ング」のすすめ:参考書籍①『学びのコミュニティづくり』|風間崇志/地域プロジェクトパートナー

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