「関係人口」の深化と進化

私的「関係人口」論の決定版

コロナが起こる前、一昨年あたりまでは半ばブームのようにいろんなところで取り上げられていた「関係人口」。

私自身も坂戸市に住みながら、ときがわ町で活動する「関係人口」という自覚もあって、この概念には非常に興味を持って追いかけてきました。

関係人口関連の本では、これまで以下のような本をブログで取り上げてきました。

  • 『関係人口をつくる 定住でも交流でもないローカルイノベーション』(田中輝美)
  • 『ぼくらは地方で幸せを見つける ソトコト流ローカル再生論』(指出一正)
  • 『都市と地方をかきまぜる 「食べる通信」の奇跡』(高橋博之)
  • 『地域とゆるくつながろう サードプレイスと関係人口の時代』(石山恒貴)
  • 『農山村は消滅しない』(小田切徳美)

ここに新たに現時点における「関係人口」論の決定版というべき本が加わりました。
それが本書『関係人口の社会学』だと思っています。

ブームのように取りざたされる一方で、「関係人口」には次のような批判の声もありました。

・人口減少や東京一極集中がなかなか解決できないことに対する政府の逃げではないか
 (人口は増えていないが、関係人口は増えている)
・定住人口ではないので、地域への直接的なメリットが見えない
・地域の一番の課題である人口減少という問題は未解決のまま

その出発点にあるのは、そもそも「まちづくりの成功は人口が増えることなのか?」という問いです。
このことに関しては、これまでも何度か取り上げてきましたし、拙著『地域でしごと まちづくり試論』の中でも共著者の関根雅泰さんとともに議論してきたことでもあります。

確かに、一時はなんでもかんでも「関係人口」と一括りにしてしまって、一人ひとりの地域との具体的な関わり方が見えづらくなってしまうことには私も疑問を感じていました。
ただ、私は基本的には「関係人口」をつくることが、地域を元気にすることにつながるという考えには賛成の立場です。

この問いについて改めて私の考えをお示しするとともに、本書から得た学びを記録しておきたいと思います。

まちづくりの成功は人口が増えることか

結論からいうと、私の答えは「否」です。
人口増はまちづくりの成功、つまり目標として達成すべきものではなくて、まちづくりをしていく過程である時期に起こる一つの現象にすぎないと考えています。

少し考えればわかるとおり、人口は多ければ多いほど良いわけではありません。
人口が多いことで起こってくる課題も多いです。
すぐに思いつくだけでも、「学校が足りない」「待機児童」「満員電車」「交通渋滞」「食料不足」「無秩序な乱開発による生活環境の悪化」・・・
いずれも高度経済成長期時代にベッドタウンと呼ばれる都市などで起きた問題です。
そこまで急激な増加でなくても、いずれは人口密度の過密による飽和状態が来るのは目に見えています。

数が多ければいいというのは、結局いつかはこのような問題に直面する危険性を抱えているということです。
このような状態ではとても「幸せな生活」を送ることは叶わないでしょう。

とすればまちづくりが目標とするのは、人口を増やすことではなく、それぞれの地域での暮らしや働くといった営みから形成される一人ひとりの人生が、幸せに送れる状態になることではないかと私は考えます。

「関係人口」は地域にどんな影響をもたらすのか

では「一人ひとりの人生が幸せに送れる状態になる」にはどうしたらいいのか。
そこには、「今がその状態ではない」という前提がまずあります。

それに対して、地域に住む人だけの力でその状態を達成できる、あるいはよりよい状態にしていくことが達成し続けられるということであれば、「関係人口」の出番はなくなるかもしれません。
(そのような地域があるのかどうかは私には分かりませんが)

問題は「地域に住む人だけの力でその状態を達成できない」ときです。
その状態をいわゆる地域課題だとすると、それを解決するには何かしら外部の力が必要になります。
その一つの手段となりうるのが、「関係人口」だと思っています。

ただ、そこで注意が必要なのは、「関係人口」のすべてが地域課題を解決しうる存在ではないということです。
「関係人口」がみんながみんな、地域の役に立ちたいと思っているわけではないということです。
つまり単純に、その地域が好きだから通っているという場合です。

その「関係人口」の中でも、好きな地域だから、その地域のために何か役立つことがしたいというような人が現れます。
地域に貢献することで、地域における具体的な役割ができたり、地域の人の信頼関係、親密な関係が築かれたりするというようなことも起こります。

そういう地域のために役立ちたいと思っている人にとっては、地域課題が「関わりしろ」として認識されているといえます。
またそこに貢献することが、本人にとっての喜びや生きがいなどにつながりますので、「関係人口」自身の性質としても、地域の「関わりしろ」に反応する受容体としての「関わりしろ」を有しているといえるかもしれません。

地域課題の解決があって、その解決に取り組む「関係人口」がいて、それで地域との関係が形成されるかといえば、それだけでは十分ではありません。
そこには「関係人口」を巻き込む人の存在が不可欠ではないかと私は思います。

巻き込むというとやや言葉が乱暴ですが、要は「関係人口」と地域との具体的な関係をつくる人ということです。
もしかすると地域課題そのものということではなく、その人の存在が自体が、地域側の「関わりしろ」といえるかもしれません。

複雑に書いてしまいましたが、簡略化すると

・地域課題がある
・地域課題に関わりたいと思う「関係人口」がいる
・地域課題と「関係人口」を結びつける人がいる

この3つが、「関係人口」が地域を元気にするには必要な条件なのではないかと考えています。
そこで何が起こるのか、つまり「関係人口」が地域にどのような影響をもたらすかということが、「地域再生主体の形成過程」として本書の中で示されていました。

①関係人口が地域課題の解決に動き出す
②関係人口と地域住民の間に信頼関係ができる
③地域住民が地域課題の解決に動き出す

ここでいう「地域再生主体」とは、「主体的に地域課題を解決する人」のことです。
地域課題の解決に取り組む関係人口は、地域再生主体としての関係人口であるといえます。

そして、衰退する地域で問題なのは、人口の減少それ自体ではなく、地域住民が地域再生主体であるという当事者意識がないことだといいます。
そこに地域再生主体としての関係人口が関わることで、

地域再生の主体になっていない、地域再生に当事者意識を持っていなかった人が主体性を獲得し、地域再生主体として形成されることに意義がある

といいます。
このことは非常に興味深いです。

「関係人口」と関わることで地域住民が変容しているとしたら、「関係人口」側も地域住民と関わることで何らかの変容が生じている可能性が大きいのではないかと思います。

これに関しては本書では触れられていなかったように思いますが、私もイチ「関係人口」としてときがわ町と関わる中で、多少なりとも変容しているところがあるのではないかと思います。

表面的には「起業した」ことがありますが、それだけじゃないような気も・・・。
それに関しては今後の探究課題にしたいと思います。

そんな予感はしましたが、今回も大作になってしまいましたので、このくらいにしたいと思います。
長々、お付き合いいただいてありがとうございました。
(相変わらず独白のような雑文で失礼しました)

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以下は本書のまとメモです。
気になる箇所を抜粋、メモしています。
「⇒」は私の意見をメモしたものです。

まとメモ

・地域を活性化しよう、再生しようという議論となれば、人口の増加や経済指標の伸びこそが、成功のわかりやすい証であった。
 では、島根県をはじめとした過疎地域は常に、失敗例であり、”負け組”でしかないのか。今後も再生はかなわないのか

序章 あつてない”危機”の中で

・「地方創生」に取り組む地域では、移住を積極的に推進することが再生の方向性として広く認識された。・・・「自治体間人口獲得ゲーム」(山下 2014、187頁)という様相を呈している

・存続の意義や可能性が過剰に強調されるあまり、人口を維持さえすれば地域再生が実現されるという定義にすりかわってしまったり、地域の存続が地域再生における唯一絶対の評価基準ですらあるかのような空気が強まっていたりするようにも見える
 ⇒ つまりこの場合、人口の増加が唯一の「成功」ということになる

・人口減少が前提となる現代社会において、地域再生とはいったい何を目指すべきなのか、その再定義も求められている

・地域再生をめぐる論点は、もう一つ存在している。誰が地域再生を担うのか、つまり、地域再生の主体の問題である

・これまでの地域社会は、地域外の主体との関係構築に失敗してきた、つまり、地域外の主体を地域再生の主体として形成することに失敗してきた

第1章 誕生前史 地域社会の変容

・人口の急減により産業の衰退が起き、残された住民の間に何をやってももうダメだという住民意識の後退が起きて地域が崩壊する「過疎化の内部メカニズム」

・「貧しさの中の過疎化」から抜け出るには、出て行くことのみが選択であり、出て行かないことは選択ではなく、むしろ選択することができないで、取り残された結果と受け止められた

・地域再生の主体として期待された交流人口は、地域再生ではなく観光の主体となり、むしろ地域を客体化していった

・「増田レポート」に応答する形で始まった「地方創生」を特徴付ける性格は、過剰な人口対策である

・ここ(大衆教育社会)から浮かび上がるのは、地域課題を解決する主体として生徒、すなわち住民を想定せず、そして自分自身も地域の一当事者であるという意識に欠ける姿だった

・震災(新潟中越地震)前から過疎化や高齢化という課題があったものの、その課題を自分事として捉えず、誰か、もしくは何かのせいにし、主体的に課題解決に向けて動き出していなかった地域社会(住民、行政機関、周辺の住民)の姿勢であり、この姿勢を変えていくことこそが、地域再生の本質的な課題であった

第2章 関係人口の概念規定

・関係人口を特徴付ける性格は、定住人口でもなく、そして、交流人口でもないという点である

・関係人口は、複数の関係先を選ぶことができる。一人の関係人口を各地域が奪い合うのではなく、シェア(共有)する考え方とも言える。「ゼロサム問題」というジレンマを回避するためにも、定住人口ではない地域外の主体の必要がある
 → ただ、地域外の主体といえば、・・・消費されるという一過性の関係となり地域再生の主体にはなりえなかった・・・そこで交流人口ではない形で、地域外の主体との関係を再構築する必要もある

・関係人口には、・・・量ではなく、関係の質に目を向けたアプローチであるというメッセージが込められており、そしてそれは、時代の要請でもある

・関係人口への2つの批判
 ①関係人口の創出・拡大に取り組む政府や自治体の施設に対して、「東京一極集中の是正という課題を直視するのを避けた」
 ②関係人口そのものに対して「(住んでいない人が)何の役に立つのか」という疑問

・関係人口の定義
 「地域に関わる人」から①空間、②時間、③態度によって定義づけ
 → 「特定の地域に継続的に関心を持ち、関わるよそ者」

第3章 関係人口の分析視角

・2つの問い
 ①関係人口とは、そのまま地域再生の主体と同義ではない
 → 関係人口がどのように地域再生に関わるようになるのか
 ②関係人口が地域再生の担い手になったとして、どのような役割を果たすのか

・「他者」とは関わるから「他者」であり、関わらない「他者」は「他人」なのである
 → 関係人口として用いるよそ者とは「他者」である

・よそ者は実体概念ではなく、関係概念である

・5つのよそ者効果(敷田)
 ①地域の再発見効果
 ②誇りの涵養効果
 ③知識移転効果
 ④地域の変容を促進
 ⑤しがらみのない立場からの問題解決

・3つの相互作用(敷田)
 ①地域の自給自足主義・・・地域のことは地域で解決し、よそ者の介入は不要
 ②よそ者依存・・・・地域の主体性がないままによそ者に依存
 ③よそ者活用・・・地域がよそ者を活用

 → 地域とよそ者の両者が主体となる相互作用の形式は存在していないことは大きな課題である

第7章 地域再生主体の形成

●地域再生主体の形成過程
 ①関係人口が地域課題の解決に動き出す
   ・関係人口自身の主体性が存在している
   ・地域住民とのつながりが存在している
 ②関係人口と地域住民の間に信頼関係ができる
   ・最初につながりがあった地域住民とは別の地域住民との間に信頼関係が結ばれ、その地域住民が主体性を獲得していく段階
   ・関係人口の資質や姿勢より、地域においてよそ者に信頼性を付与する枠組みが用意されていたかどうか
 ③地域住民が地域課題の解決に動き出す
   ・よそ者が地域という水たまりに石を投げて、変化のきっかけになり、・・・地域の人がやらない限り、継続と成長はない

●地域再生主体の形成過程を、社会関係資本論で読み解く
 社会関係資本の3要素「ネットワーク」「互酬性」「信頼性」

 ①関係人口が地域住民との間に社会関係資本を構築する
 ②社会関係資本が別の地域住民に転移する
 ③地域住民が別の地域住民や関係人口との間に社会関係資本を構築する

・地域再生主体とは「主体的に地域課題を解決する人」
 → 関係人口が関心を持つ内容が地域課題であり、その地域課題を解決するという関わり方をするよそ者が、地域再生主体としての関係人口である

・人口減少は、地域再生の文脈に位置付ければ、これまで地域再生主体ととらえられてきた地域住民の数が減少していくという意味でもある。しかも、量的な現象だけではなく、質的にも地域住民の主体性の欠如が報告され、量的、質的ともに困難な状況にある
 → だからこそ、地域再生の主体になっていない、地域再生に当事者意識を持っていなかった人が主体性を獲得し、地域再生主体として形成されることに意義がある

・地域住民という地域施策の主体が量的に増えない現代の人口減少社会において、それでも地域再生の主体を増やしていくためには、地域住民の質的な変容を促していくことが重要になる
 → それを促したのが関係人口であり、だからこそ、関係人口は現代社会における地域再生の主体の形成を考える上で、カギとなる存在なのである

●関係人口が地域再生主体として形成されるための条件
 ①関心の対象が地域課題である
 ②その解決に取り組むことで地域と関与する
 ③地域住民と信頼関係を築く
 
 ⇒ 地方はよそ者に対する閉鎖性が根強く指摘されてきたが、よそ者と信頼関係を築きやすい枠組みを同用意するかは、地域再生主体の形成を考える上でも重要な要素

●地域再生主体としての関係人口の可能性
 ①その地域に定住しなくても良いし、関わっていた地域から去っても良い
  ・社会関係資本が自ら構築できる地域住民という、新たな地域再生主体を形成したことが大きい
  ・関係人口が去っても、地域住民はまた新たに別の関係人口と社会関係資本を構築していくことができるのである
  ・関係人口は、地域から去ることを恐れる必要はない。むしろ、関係人口が他の地域に移動し、関係人口が関わる地域が増えることで、より多くの地域再生主体の形成につながって日本社会全体が底上げされる、とも考えられる

 ①地域再生主体として形成の可能性