進化する田舎

今回、取り上げるのは『神山進化論 人口減少を可能性に変えるまちづくり』です。

徳島県神山町といえば、IT企業のサテライトオフィスの誘致に成功している事例として有名ですね。

なぜ神山町は成功しているのか?
そのことに以前から興味を持っていました。
本書を読むと、変化の中心ともいえるグリーンバレーの歩みとともに、神山町の成功のヒントのようなものを読み取ることができます。

ここでは、次の4つのキーワードを手がかりにして、その秘訣を探っていきたいと思います。

①「やったらええんちゃう」
②地域に移住してほしい人を「逆指名」

まちにジブンゴトとして関わる
多様性と「つなぐ」

「やったらええんちゃう」がチャレンジをつくる

「やったらええんちゃう」は、神山町のIT企業誘致や移住促進を担うNPO法人グリーンバレーの合言葉です。

この言葉は不思議な力を与えてくれます。
それはチャレンジする上でもっとも重要な「安心感」です。

グリーンバレーが「やったらええんちゃう」を合言葉にしているのは、まさに自分たちが数々のチャレンジから成功体験を積み重ねることができたからではないかと思います。
次の言葉がそれを物語っています。

成功体験を共有したことで、次にまた何かやろうという機運が生まれた。やってみたら何とかなるんちゃう、という雰囲気ができました

そしてグリーンバレーは、「やったらええんちゃう」をまちに波及させることで、チャレンジする、チャレンジを応援するという雰囲気がまち全体につくりだしています。

まち全体にチャレンジを生む安心感とチャレンジを容認する寛容性が広がると、当然チャレンジが起こります。
そして、チャレンジによる成功体験は自信を生み、次のチャレンジへの意欲に変わったり、それを見た周りの人のチャレンジ精神を刺激していくこととなります。すると、神山町全体に「何か起こりそうな雰囲気」が生まれてきます。

神山町で起こっている出来事は、すべてこの基礎の上に成り立っているのではないかと思います。

地域に移住してほしい人を「逆指名」する

冒頭で述べたように、神山町は、IT企業がサテライトオフィスを置いたり、サテライトオフィスを構えた企業の社員が移住したりしていることで有名です。
ですが、もともと移住者を増やそうという意図はなかったといいます。

移住が増えるきっかけとなったのは、アーティスト・イン・レジデンスという取り組み。
これは、アーティストに一定期間、地域に滞在してもらい、交流しながら作品を制作してもらうというプログラムです。

グリーンバレーは、背伸びをしないで地域の実情を伝え、マイナス要素だと思わない人に来てもらえばいいと考え、アーティスト・イン・レジデンスの募集要項に次の一文を記したといいます。

あなたが十分な施設を求めているのであれば、神山はあなたの目指す場所ではありません。
あなたが豊富な資金を求めているのであれば、神山はあなたの目指す場所ではありません。
ただ、あなたが日本の田舎で、心温かい人々に囲まれて、言い換えれば、人間本位のプログラムを探しているのであれば、神山こそあたなの目指すべき場所です

冒頭からなかなか清々しい物言いですね(笑)

でもこれが功を奏して、移住者を増やそうという目的はなかったにもかかわらず、プログラム終了後には神山町に住みたいという人が現れました。

そこで、グリーンバレーが次に取り組んだのは、アーティスト・イン・レジデンスを発展させた移住者支援の取り組みであるワーク・イン・レジデンスです。
これは町には仕事がないから、手に職を持って起業してくれる移住者を「逆指名」して来てもらうというもの。
将来、自分たちの町に必要になる職種の人を募集し、応募してくれた人の中から自分たちと相性の合う人を選ぶのです。

「誰かに来てほしい」ではなく「あなたに来てほしい」という地域側と、「田舎に行きたい・住みたい」ではなく「ここに行きたい・住みたい」人との相思相愛を目指すという考え方ですね。
ビジネスでいえば、「付き合いたい客」を選ぶということ。
付き合いたくない客を排除し、付き合いたい客に絞ることで客層を保つことができます。
そうすると、良いお客さんが集まってくるという好循環を生むことができるのです。

本書でグリーンバレーの大南さんが語っているように、公平・平等を旨とする役場では、移住者の選別は実行しにくく、先着順や抽選にせざるをえなくなります。
そうなるとどうしても相思相愛にはなりにくい。
ワーク・イン・レジデンスは民間だからこそ成功したのだといえます。

まさに「地域に移住してほしい人を、地域が選ぶ」という発想です。
それによって、「ともに地域をつくる仲間」を地域に呼ぶことができます。
逆にそれをしなければ、移住のための補助金を目当てに来た人や地域の性質に合わない人も呼び集めてしまい、来た人も地域も不幸になるということが起こりかねません。
特に、人口減少対策として、日本各地で人の奪い合いが激しくなる今後はなおさらでしょう。

そういう意味では、今後の移住や関係人口づくりにおいては、地域にとって望ましい人を呼び込むかという視点から、いかに民間を巻き込むかということが重要になるのではないかと思います。

ただし、このワーク・イン・レジデンスは民間発の取り組みではありますが、地域においては「人」が大事という軸は、行政ともしっかりと共有されていることが、次の一節からわかります。

地域にとって最も重要な資源は「人」である。良質な資源があっても、それを価値化する人がいない限り、どのような可能性も形になって共有されない。「人」がなにより重要であり、その「人」と「人」の組み合わせから、これからの地域をかたちづくる活動や仕事が生み出されてゆく

この一節は、神山町の地方創生戦略のものです。
行政と民間がまちづくりの一番大事な根っことなる価値観を共有しているということですね。
すばらしいですね!
だから神山町は「強い」のだと思います。

まちにジブンゴトとして関わる

次は、「まちにジブンゴトとして関わる」です。

なんだか同じような言葉を目にしたような気がしませんか?
そうです。
『鎌倉資本主義』の「ジブンゴトとしてまちをつくる」に似ていますね。

余談ですが、私はジブンゴトという言葉がけっこう好きで、屋号である「まなびしごとLAB」の「しごと」は、「ジブンゴト(私事)としての仕事」の意を込めたものです。
まちづくりでうまくいっている地域の事例を取り上げた紹介記事などを見ると、この「ジブンゴト」という言葉が共通して登場します。

今、「関係人口」が流行りのようにいろんな地域で使われていますが、関係人口というのは地域の人からしてみれば「ヨソ者」。
そうした「ヨソ者」と地域の人が地域で関わっていくことを考えたとき、それがうまくいくかどうかは地域の課題をいかに「ジブンゴト」にできるかということにかかってくるのではないかと思います。
そのため「ジブンゴト」という言葉は、今後のまちづくりにおけるキーワードになるのではないかと密かに考えているところです。

先ほど、神山町では、移住者を「逆指名」すると述べてきました。
しかしながら、入ってきた移住者は地域の人から見たら、いわゆる「ヨソ者」です。
ヨソ者が入ってくると、マスコミなどが騒ぎ立てます。
地域の人にスポットがあてられることはめったにないので、当然おもしろくありません。

そこで神山町がしたことは、地域の人とヨソ者をミックスすることです。
本書では、このように述べられています。

いろんな人が出入りして、地域の人を巻きこみながら何かをつくっていく。ミックスされることで何か新しいことが生まれる。同じ分野の中で固まらないから、面白いことが起きる可能性がものすごく高い

ここにあるのは、「やればええんちゃう」の精神です。
まち全体に「何かを始めてみようかなと思わせる空気」「やりたいことを試させてくれる空気」が流れているのです。

また、グリーンバレーと連携して、役場が果たしている役割も見事です。
地方創生戦略づくりにおいて、地域の人とヨソ者をかきまぜるだけでなく、さまざまな立場や年齢の人、とりわけ若い世代の人をかきまぜたのです。

具体的には、自治会とか団体の長などの肩書のある人たちを集めるのではなく、

・ワークショップのコアチームは40代以下
・役場と民間
・地元で生まれ育った人と移り住んだ人

が入り混じるようにしました。

通常こうした地域の計画を立てるというと、自治会長や団体の長などのいわゆる「有力者」が集められるというのが行政の常ですが、神山町ではそうしなかったんですね。
肩書きのある一部の特定の人たちでしか議論されないのでは、住民は自分事に感じることはできず、どこか他所で起こっている出来事のように感じてしまうからです。
どんなにいい戦略を立てても、自分事として、このプロジェクトは私がやりますという意欲と力がある人がいなければ実現しないのです。

もとからの地域の住民だって、当然、自分が住む町がよくなればいいと思っていて、町がどうなるかにも関心があるはずです。
問題は、そうした思いにふたをされてしまっているということ。
神山町でやったことは、新たに地域に入ってきた人と、もとからの地域の人を混ぜることで、思いにふたをするのでなく、逆に引き出すということでした。

プロジェクトにジブンゴトとして関わる人が増えると、まちの課題がジブンゴトになり、まちで起こるすべての出来事がジブンゴトになります。

私は、まちづくりというのは、地域の人、移住者、関係人口も含めて、どれだけ地域の未来をジブンゴトとして考え、行動できる人がいるかにかかっていると思います。
ジブンゴトだからこそ、本気で取り組み、本気でおもしろがることができます。
そこには、元から住んでいる人やよそ者という区別はなく、一緒にまちをおもしろくする「仲間」というコミュニティができあがることになります。

お互い信頼できる仲間同士で、ともに地域をおもしろくしていけたら最高ですよね!

多様性と「つなぐ」

最後は「多様性と『つなぐ』」です。

著者は、神山町成功の理由の一つとして、「つなぐ」をキーワードにした慧眼があるといいます。
神山町で行われていることは、役場と住民、学校と地域、元から住んでいる人と新たに移り住んできた人、現在と未来を「つなぐ」ということであり、まちづくりとはつなぐことであると述べています。

神山町では、「神山つなぐ公社」が次のような役割を担っているそうです。

・手一杯の役場を補完する意味で、いろんな分野のプロたちが集結している
・中間支援組織のように、役場と住民、民間、町外の人材をつなぐ
・変動要素に左右されない、官と民の中間のような息の長い組織が必要

このような中間支援組織が地域にあったら、行政だけでも民間だけでもない、地域全体をチーム=「仲間」ととらえてのおもしろいまちづくりを進めていけそうですね!

ここで大切なことは、当たり前のことですが、地域にはいろんな人がいるということです。
もとから住んでいた人、新しい入ってきた人、老若男女といっただけでなく、考え方や目指す生き方も価値観もさまざまです。
それは神山町に限らず、どの地域でも同じです。

そんな多様性があることを当たり前として受け入れること。
その一つ一つの要素である個性を否定しないことだと思います。

人が集まり、多様性が生まれると、そこから何かが生まれる雰囲気ができ、チャレンジが生まれていきます。
すると、そこに可能性を感じる人たちがまた集まってくるという好循環が生まれるのです。
そうすれば、移住促進といってお金をバラまくことなんてしなくても、人が集まってくるのです。
簡単にいえば、魅力的な地域に人は集まるということ。
ならば、魅力的な地域をつくればいいじゃないか、というのが私の結論です。

それには、まず地域に住んでいる人がワクワクしながら、ジブンゴトとしてまちづくりに関わっていることが必要だと思います。
神山町が、どれだけ魅力的な地域かは、地域の人の次のような言葉にも表れています。

「町の将来を考えるとワクワクする」
「次に何が起こるかワクワクする」
「プロジェクトがどうなるかワクワクする」

住む人に「過疎で苦しんでいる地域」として認識されていたら、このような言葉は出てこないですよね。

いろんな人とつながって、多様性を楽しむ。
まちを楽しむ。
ジブンゴトとしておもしろがる。
そこにワクワクが生まれ、魅力的な地域ができあがるのではないか。

そんなことを考えました。